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魔を差す

【一番線に、電車が参ります。危険ですから、ホームの内側までおさがり下さい】


 ガタゴトと電車がホームに到着する。ホームに待つ人々も、入ってきた電車の中も、既にごった返しの状態だ。

 始まりの場所。ここから全てが始まった。

 俺とマオは満員電車に並んで乗り込んだ。





「いいよ」


 マオの答えはあまりにもあっけなかった。これ以上いけば破産する。そろそろ終わりにしてほしい。そう言って俺は頭を下げた。

「はぁー? 無理だし」の一言で片づけられ、そこをなんとかと食い下がる想定だったのに、交渉はいとも簡単に成功を迎えようとしていた。

 だが、そんな訳はもちろんなかった。


「ゲームに勝ったら、終わりにしてあげるよ」

「ゲーム?」

「ただで終われると思った? なおじぃさん」


 背筋が凍った。

 彼女の笑顔は何度も見てきた。でも今目の前にかざされた笑顔はそのどれでもない。


 悪魔。


 こんなおぞましい笑顔を、どうしてこの子は出来るんだ。





『あーしにもっかい痴漢して』

『……は?』

『あの時みたいに、ギューギューの満員電車の中で痴漢して』

『な、なに言ってんだ』

『そんで、一駅周りにバレずに痴漢を続けられたら、あんたの勝ち』

『なんだよそれ……』

『負けた時は、文字通り終わり。どう? スリルあるっしょ?』



 すし詰めの車内で、マオと俺は密着する。あの時のように俺はマオの背中にびったりと張り付いた状態だ。

 彼女らしいゲームだと思った。負ければ終わり。一生痴漢犯として醜態を晒されるだけでなく、おそらくその時は今までのマオとの生活を洗いざらい彼女の仕立てたストーリー付きでいよいよ豚箱にぶち込まれるだろう。

 負けられない。負けるわけにはいかない。必ず勝たなければ。


 文字通りぎゅうぎゅうの車内。これだけの密着状態になると腕一本動かすのも一苦労だ。そもそも痴漢を行う事自体が難しい状態なのだから、そんな事に目を向ける乗客はおそらくあまりいないだろう。

 苦労してまで痴漢をする。そんな場面に出くわす人間が世界に一体どれだけいるのだろう。ちなみに一駅一切痴漢行為をマオが認知出来なかった場合も負けとみなされる。痴漢出来なかった場合もアウトとなる。後行為中に彼女が痴漢行為に対して声を出すことは禁じられている。つまり、彼女からの痴漢申告はなしだ。その上で、俺は一駅分彼女にちゃんと痴漢をしなければならない。

 考えれば考える程に情けない。意味が分からない。なんだちゃんとした痴漢って。


 ――でも、やるしかない。


 動き出した電車と同時に俺は彼女の太もも付近に手を伸ばす。

 絹のようなスベスベとした肌。触れた瞬間にあの夜彼女を抱いた感触が蘇った。

 遠慮はしない。でも大胆過ぎれば周りにバレる。ただ触りたいという気持ちで触るわけでもない。解放されるための痴漢。

 本物の痴漢犯とはまるで違う思考回路。周りにバレないようにという一点を除いて。

 心臓が凄まじいスピードで鼓動を打つ。止めたい、こんな事今すぐに。

次の駅に着くまで約五分程度。決して長くはないが短くもない時間。手は太ももから尻の方に移る。


 ――終われ、終われ。


 自分の中のバランスが崩壊しそうになる。常軌を逸した状況に精神が保てなくなる。意識を保つために彼女の尻をぎゅっと掴んだ。俺は一体、何をしているんだ。


 止めよう。考える事を止めよう。無心になれ。ただ終わりの時を待てばいいんだ。

 次の駅。次の駅にさえ着けば全てが終われる。

 

 ――やらけぇ。


 心を無にしても煩悩は流れて来る。それでも彼女の身体に魅力を感じざるを得ない。

 時間の間隔がない。普段なら音楽を聞き流して終わるだけの区間。気付けば数駅先の会社の最寄り駅に着いているのに、線路が伸びたかホーム自体が移動したんじゃないかと思えるほどに今日は長く感じる。


【まもなく、〇〇駅―〇〇駅―。お出口は左側です】


 ――終われる! 終われるぞ!


 思わず歓喜の声が漏れそうになる。

 もうすぐだ。マオとの関係もこれで完全に終わりだ。


 ――もうすぐ、もうすぐ。

 

 電車の速度が緩まっていく。窓の外を確認すると向こうの方にホームが見えて来る。

 ゆっくり、ゆっくりと、ホームに向かって。


 ――やっと。やっと……。


 がっ。


「へ?」


 ふいに手首をぐっと掴まれた。凄まじい力。


 ――嘘、だろ……。


 バレ、た。

 そんな。後、もうちょっとだったのに。もうちょっとで終われたのに。

 恐る恐る掴まれた手を見る。


 ――……え?


 この手。これ……。


 ――……なんで? 


 俺の手を掴んでいた腕。そこから真っ直ぐ視線を上げる。

 顔をゆっくりとあげた。見上げた先に、こちらを向いたマオの顔があった。

 

 にたああぁぁぁぁあああ。


 笑顔。

 

 一度だけ見せた、あの、悪魔の笑顔。


「ごめん」


 彼女はいつだって、俺の予想を超えていく。


「あーし、魔が差しちゃった」


 彼女が彼女のルールに従うなんて保障、どこにもないじゃないか。

 誤った道へ堕ちていくのは、いつだって俺の方だ。


「こーーーのーーー変態―――――!!!!!!!!!!!」


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