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絶対的関係

 散々なものだった。

 不定期に来るマオからの連絡。呼び出されていくとだいたいは食事の清算か、デートと称したウィンドウショッピング(もちろん支払いは全部俺)と、都合の良すぎる扱いだった。

 フラストレーション溜まる一方だったがどうしようもない。その瞬間に彼女の切り札が俺の眉間を貫く事になる。いや、それで一瞬で死ねるならまだマシか。


 そんな日々が続いた。もともと一人暮らしで特に大した趣味もないおかげで金の心配はしばらくないが、このままいけばひょっとすると、とんでもなくでかい買い物をさせられかねない。事実一回のデートで確実に一万円以上は飛んでいる。このまま俺は彼女に搾取される人生を歩む運命なのだろうか。


「なおじぃ、ちょっとお願い」


 いつものようにファミレスに呼び出され、彼女の食事が終わるのを待っていると珍しくマオは真剣な声音を出した。


「なんだよ」


 そう言うとマオは気まずそうな顔をして俯いた。今までそんな表情の彼女を見た事がなかったので俺は戸惑った。いつも余裕で傲慢でこっちの事などお構いなく要求を突きつける彼女にしか知らなかった俺にとって、このマオの反応はあまりにも新鮮だった。

 しばらく沈黙を続けたマオだったが、やがて顔をあげた。しかし視線は泳いでおり全く目を合わせようとしない。よほどのお願いなんだろうか。


「……今日、一人で寝るの嫌なんだよねぇ……」


 もじもじとしながら、たまにチラチラと窺うように俺の顔を窺う。

 

 『キョウ、チョットヒトリデネルノイヤナンダヨネェ』


 ――ドウイウイミ?


 真っ直ぐに生きてきた俺のダメな所の一つは対応力がない事だ。突発的に起きる変則的な事象に対してすぐに思考が働かない。直そうにも直らない。マオと出会ってからわがままに振り回され、どうしていいか分からない事だらけだった。それにもやっと慣れてきたと思ったのに。これは、一体、どういう――。


「おい、まさか……」


 やっと言葉の意味に気付き、身体が震える。


「それは、さすがに、ダメだろ!」


 そう言うとマオはテーブルに額をごんっと打ち付けた。


「そこをさー、なんとかお願いだよー」

「いやおまっ、ってか一人ってお前、親とかはどうなってんだよ!?」


 そこまで言うとマオは顔を上げた。暗く沈んだ表情。元気でイタズラな笑顔の印象しかない彼女のまた見たことのない顔だった。


「……親はいねえ」

 

 蚊の鳴くような小さい声だった。それだけで察しろと言わんばかりの圧があった。


「ご、ごめん」


 それ以上の言葉は口に出せなかった。


 ――狡すぎるだろ。


 そもそも彼女の頼みを断る事など出来ない歪な関係だ。泊めろと言われたら泊めるしかない。だがせめていつもの強気な調子で言ってくれた方がまだどこか治まりがつくと思っている自分がいる。

 だがこのやり方は、俺の良心で、俺の意思で、彼女を泊めるという選択肢を選ばせようとしている。

 

 ――無理だろ。


 未成年のJKと三十路を越えた男が同じ部屋で一泊。何事もなかったとしても、これは不順異性交遊として立派な犯罪の成立だ。痴漢を脅しの材料とされたストーリーを訴えた所で無駄だろう。三十三年生きていても、二十歳もいかないマオの方が機転という点では圧倒的に上回っている。

 情けない。俺は今まで一体何を培ってきたんだろう。


「……今日だけだぞ」

 

 やがて口にした言葉は、完璧な敗北宣言だ。俺は今自らの意思で犯罪宣言をしたのだ。


「ありがとう」


 マオは表情だけ見れば、心底申し訳なさそうな顔で瞳を潤ませながらそう言った。

 嘘か、真か。俺程度の観察眼では見抜く事など出来ない。

彼女とのきっかけを考えれば十中八九嘘だろう。でもひょっとしたら、万が一、彼女にもなんらかの事情があって、今本気で困っていたとすれば。

 そうだ。そこまで考えても一緒なのだ。


 俺は、彼女に逆らえない。


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