プロローグ
「…あぁーあ、なにこれ、どうなってんの?」
なまぬるく、不快感を煽るような風が彼女の髪を激しく乱す。
「わかりません。ですが、この邪気の量…。普通では考えられません」
「…ハァ」
応えた声に相づち代わりのため息を一つ。
「たしかにすごい量だし、人間は倒れるしかないね。どんだけ鍛えてる人でも体調不良は免れないでしょ。この国も滅ぶのは時間の問題かな」
「この国の民は私がなんとか守っていますが…。その間になんとか正体を突き止め、この国を救わねば…」
悲観に満ちた声があたりに響いては虚空に溶ける。
「じゃあ、原因の心当たりは?」
「それは…。おそらく、『ヤツ』の仕業ではないかと…」
「…ま、そうだろうね」
「ですが、『ヤツ』はもう数えられぬほど昔に封印されて――」
『グオォオオォオオォオォォオッッ!!!!』
「…ッ!」
「…やはり、解かれてしまったのですね」
「…だろうね。あの鳴き声は確実に『アイツ』だ。」
急な鳴き声の大きさに顔をしかめ、もう一度、大きなため息をついた。
「私もまだのんびりしてたかったけど…。そんなこと言ってる場合じゃなくなってきたみたいだねぇ…」
空を見上げる。
どす黒い。それでいて生々しく赤い空を。
「…感謝いたします」
彼女が立ち上がった。
冷たい風が、攫うように吹きすさぶ。
もう誰もいない枯れた野原に、化け物の鳴き声が深く響いた。