白テイマーさんの初めて
閑話です。少し短いです。
「……あうぅ」
暗く、暗幕が降ろされ外の世界と完璧に切り離されてしまった城。ようするに私の部屋である。
いつも通りの風景の中のいつも通りではない私。悶々としたまま、ただただ枕に顔を埋め映画に出てくるゾンビかのようなうめき声を閉ざされた部屋の中に反響させていた。
「……セーフだよね、うん」
その理由は至極簡単である。
先程までしていたゲーム『MSW』にて、私はNPCと思われる少女に唇を奪われた。何をそんなことをと思うのかもしれないが、私に生まれてこの方交際経験なんてあるはずもなく、つまりはそういうことなのである。初心なのだ。
「……女の子だし、そもそも……ゲームだし」
あんな出来事があったせいで、あのあとのことは曖昧にしか覚えていない。確かあのまま少し話をした後、ダンジョンの入口に飛ばされて、そのまま街まで戻ってログアウトをした。そのはず……。
彼女は「いつでも呼んでくれたら駆け付けるから」といってどこかに行ってしまったけれど、一体どんな顔をして彼女を呼べばいいのかさえわからなくなっていた。
「なんかもっと色々考えることあったはずなのに、もう頭働かない……どうしてこうなった……」
というか、私はいつのまにあそこまでこのゲームにはまっていたのだろう。今日とかも既に日が落ち欠けているみたいだし、流石にこのままだとまずいかもしれない。
他にやらなきゃいけないことだってあるんだし、少しは自重したほうがいいのかな。
「……でも、楽しいんだよね」
あまり、ああいった……なんだっけ? MMORPGというもの? はやってこなかったけれど、やってみると存外楽しい物だった。といっても、本来の趣旨であるオンラインで他のプレイヤーと交流しながらやるという要素を半分も楽しめておらず、むしろNPCと関わる方が多くなってきている気がするけれど、それでもやはり楽しいものは楽しいのだ。
というか、中に人が居ない方が私としては喋りやすくすらある。
「……お腹空いたなぁ」
考えてもみれば、もう何時間もご飯を食べていない。頭の中もこんがらがってきてしまっているし、一度何か食べよう。何があったっけ……。
「えーっと……あ、そういえばそろそろお米送られてくるんだっけ……じゃあ今のうちに消費しよう……」
ぎゅるぎゅると催促するお腹を少し抑え、暗い部屋のなかで電気もつけずに活動を始める。
自炊をするのは面倒くさいし、あまりしたくはないけれど、お米が送られてくる以上は作るほかない。確か味噌汁くらいなら作れる材料あったし、それでいいかな……。
「次は、どこに冒険に行こうかな……」
ご飯を作る準備をしながら、私の口からは自然とそんな声が漏れていた。さっき危惧していたことなんて忘れてしまったかのように。
ただ今は、その自分ではない自分を動かして旅するあの世界が楽しく、そう感じてしまう。
何かあるごとにわくわくと心踊らされ、大変なことも多いけど、その見返りとしては十分すぎるほどに一喜一憂できてしまう。
次、ログインできるのがいつかはわからないけど、早くまたあの世界を走り回りたいとさえ思えてくる。
「少しは筋トレした方がいいのかなぁ……」
筋肉も贅肉も、どちらも少なめな、なんとも細く今すぐにも折れてしまいそうな腕。しかも日にも当たらないせいで真っ白である。色白だともてはやされることもあるかもしれない。……可愛ければ。
現実なんてただ不健康なだけである。
「……とりあえず、ご飯食べたら少し休んでお絵かきでもしようかな。あ、通知きてる……」
いつもと変わらない、城内だけですべてが完結する世界。けれどもそんな世界に、本当に少しだけだけど華が戻った。
そんな気がした。