白テイマーさんへお願い
「口は禍の元。一回言った言葉は取り返しがつかないから、今度から気を付けてね」
随分と浮かれた様子で、彼女はそう言う。
まるで無邪気な子供のように。
「……不意打ちしてきた人が言うこと?」
「あっさり引っかかるもんだから、忠告しようかなって。まぁでもしらゆきのおかげで、思ったよりも早く自由になれそうだからね」
「……とりあえず、その契約っていうのを聞きたいのだけど。あとあわよくばクーリングオフってできない? まだそんな時間経ってないし……」
「人間の世界の話をされても、ぼくにはわからないかな。さっき言った通り、今更無理なんてのはぼく、許さないからね?」
……うん、だよね。
「さて、じゃあ契約内容だけど、簡単だよ。ぼくは自由になりたい。そのためにしらゆきは協力する。逆にぼくは自由になれたらしらゆきに力を貸す。それだけ」
「……絶対先にそれを説明するべきだと思う」
説明不十分な契約は破棄できる場合があったはずだもの。
ゲームに何言っても無駄なんだろうけど……。
「説明したらしらゆきは、協力してくれたの? してくれたとしても、してくれない場合は少しでも減らすべきだ」
「……理由さえ、聞かせてくれれば」
少なくとも、そんな騙すみたいなやり方をされるくらいだったら、私は説明をして欲しかったと思う。実際、合理的ではあるとは思うけれど、お願いは、信用があってこそ成立するのだから。
「……そっか、優しいんだね。ありがとう。そしてこんな手段でごめんね。こんなチャンス、他にはないと思っちゃって」
「……ううん……それで自由にするって言っても、私は一体何をすればいいの?」
「そうだね。じゃあまずは、ぼくについて少し話すとしようか」
彼女はそう言うと、手で宙に円を描く。すると、その円の中に鏡面のようなものが映し出される。
それを少し覗き込んでみると、中には小さな、水色の光を放つものがいた。
「まず、ぼくは元々、小さななんの力も持たない精霊だったんだ。というかこれでも生物だからね。昔なんてこんなもんなんだよ」
「……小さい」
そして、なんともかわいい。
そこに映っている彼女の姿は今とはかなり変わっていた。水でできたような身体ではなく、とても小さいがその姿は人間らしく、実態がある。そして、今とは違い、少し光を纏い小さな握ったら潰れてしまいそうなほどに薄いと感じる羽をもっていた。
「精霊は、まぁこの姿で生まれて。成長に応じて姿を変えるものだからね。ぼくの場合は、たくさんの人間を見て来たから、この姿なんだけど」
彼女はどうやら今の自分の姿が気にいっているのだろう。隠しきれない微笑みのままくるっとその場で一周回って見せる。
「で、だ。まぁそこまで不便とかもなく水の精霊としてずっとこの海底にいたんだけど。思ったよりこの海を訪れる人が多かったんだ。ただ、ぼくのことを見つけれるものはいなかった」
「……どうして?」
「簡単だよ。ぼくはこの閉ざされた空間から出られなかったんだ。ただ、ここから外を見ることはできた。それだけ」
指がなると、鏡面には私がさっきまでいたであろう。迷宮の姿が映し出された。
「ここに入るためには色々と条件があってね。それに達している人がいなかったんだ。そして、迷宮は完璧に攻略されるまでは残り続ける。逆に言えば、攻略されるまではぼくはここから出られなかったんだ」
「……え、でもここの迷宮はもう攻略されたんじゃないの?」
少なくとも、比較的初心者におすすめとして発表されているような場所であることは間違いないはず。
「それはさっき言った通り制限があるからね。多分現段階で出来る範囲は攻略されたんじゃないかな?」
「……そっか、途中からいける場所が増えることもあるんだ。すごい……」
「まぁ、この部屋なんだけどね? だからこうしてしらゆきが入れていることにぼく自身も驚きが隠せないよ」
…………ルール完全に無視しちゃってるじゃん私。それ大丈夫なの?
心配になってくるんだけど……。
「まぁ、そんなわけでぼくはこの部屋から出たいわけ。それさえさせてもらえれば、勿論恩返しはするよ。契約は絶対だからね」
「……なるほど」
「いきなりこんなことを頼むのも、どうかと思うけれど、ぼくとしてもこんな何もない空間でただ待ち続けるのは疲れちゃってさ。まだしばらくはここら辺には人は来ないだろうしね」
「とりあえず……うん、わかったよ。……やりかたは反省してもらうとして、協力はする。それで、結局私は何をどうすればいいの?」
私が言うと、彼女は勢いよく私に抱きかかってくる。周りの水より少し冷たい水と、流動体のプリンか何かにでも触れているかのような不思議な感覚が全身に巡ると共に、少し柔らかい感触もしてくる。
「ありがとうしらゆき!! こうして来てくれたのがしらゆきでよかったよ!!」
「……ど、どういたしま………………して……」
あまりにも近くに密着して話されることに慣れていない私は、上を向きながら、加速する鼓動と上ずった声と共に返事をする。
多分なんとも情けない姿なのだろう…………。
そうして、嬉しそうな彼女は私から離れて、手を大きく広げ私に向けて笑顔で声を上げた。
「それじゃあ、早速だけどお願いするね。しらゆき、ぼくを倒して!!」
「……へ?」
なんとも、まぁ突飛なことを。