白テイマーさんは人見知り
その獣は地面に倒れ伏せ、弱弱しい呼吸を繰り返す。
しかし、その目から生気は途絶えておらず、それでもとこちらのことを睨みつけていた。
恐らくモンスターであろうそれを見て、私は一瞬足がたじろぐもその獣をよく観察して一つ頷く。それで覚悟を決めた私は再び足を進め、歩む。
すぐ近くまで駆け寄って、睨みつけるその獣に優しく微笑むと、私は獣を優しく持ち上げる。
両腕と身体全体でようやく持つことができる、成長しきった犬ほどの大きさをした獣は、その体毛に隠されてあまり見えなかったが、身体からは血を流していた。
白く輝くその毛並みに少し赤が混じっていたのだ。
「ちょっとの間、我慢してね……」
全力で抵抗を見せるその犬に、私はそう囁きかけると、出し得る限りの全力で足を回す。
ジタバタと暴れるせいで走りにくかったり、手を力強く噛まれ、HPが減ったりなどしたが、お構いなしだ。今優先するべきはそうではない。
走り、走り、ただひたすらに走ると、ようやく洞穴をでて木々の隙間から陽光が差し込む森が見えた。
そこまで来ると、抵抗していた獣も諦めたのか私に身を委ね、小さな呼吸をするばかりになっていた。
息を荒くし、道もわからないその森を草木をかき分けながらに突き進んでいく。そうして必死に走った私は、いずれ深い深いその森を抜けていた。
「はぁっ……はっ……」
怖くて行きは頑張って素通りをしていたモンスターが、疲れで走る速度が間に合わず、襲い掛かってくるのを蹴り飛ばし、私は一目散に、他の何にも目をくれず、走っていた。
地図も、メニュー画面も通知も、何も見ることなく、ただただ街へと。
私は何をやっているんだろう。何故だか、この子を見ると我慢が出来なくなっていた。苦しそうだったから? 痛そうだったから? そんな言葉で表せるものではなかった。
いや、理由なんてないのかもしれない。気づいたら身体が動いていたんだ。
思ったよりも私はお人よしなのかもしれない。
肩で息をし、心臓がとても速く動いているのを感じながら、私は顔を上げる。
そこには最初の街の入口である門があった。
ゲームなのにこんなに疲れるのはおかしい、そう思いながらも、結局は自分の運動不足のせいなのだろうと、自分のことが少し嫌になる。
街の中は、最初にいたときと同じで、人で溢れかえっている。
ここなら――。そう思い、私は街の中でも一段と人ごみの出来ていた。中央の通りまで歩き出す。もちろん急いではいるが、走って目立ちたくもなかった。
なんでかはわからないけど、それでも周囲の人の視線を強く感じた私は、なるべく気にしないようにしながら、中央の広場。大きな噴水が特徴のそこにやってきていた。
強そうな剣を携える人、大きなローブを着込んでいる人。道で敷物を敷いて、商売をしている人。様々な人で賑わうそこは、引きこもりで、人と話すことなんてほとんどない私からしたら、恐怖しか覚えなかった。
身体が震える。声が出ない。頬や、太ももに汗が伝う。
「あっ……」
駄目だ。やっぱり私にオンラインゲームなんて、しかも、こんな現実染みているものなんて――――。
怖くて足がすくむ。目を伏せ、俯いてしまう。
どうにかしなきゃ。そうは思いながらも、身体が動いてはくれない。
そうして、人だかりの中で、私は一人立ち尽くしてしまう。そんな時だった。
「えっ……?」
泣きそうになる私の顔に手の中の獣が弱弱しくも、真剣に。その顔を擦り付ける。
「……そうだね。ありがと」
何を言ったか、そんなものわかるはずはなかった。だけど、私には励ましてくれるような。支えてくれるようなそんな風に思えたのだ。
未だ身体は震えている。だけど、私は拳を強く握り、一歩前へと足を踏み出す。
「……だっ、誰かっ……!! 回復ができる人はっ……いませんか……!?」
声は裏返っていた。自分で何を言ったのか理解するのに時間がかかった。
だけど、それでも、広場に居た人たちに向けて、その顔をそれぞれ見渡しながら、私はそう声を上げた。
一瞬、時が止まったんじゃないかと錯覚を覚えるほどに、辺りは静まり返る。
それと同時に、周り一帯の視線は全て、私へと注がれる。
「ひっ……」
怖い。怖い。怖い。
私は腰が抜け、その場へと崩れ落ち、震えながらに涙を浮かべてしまっていた。
周りは変わらず、私へと視線を向けている。ただ、先ほどとは違い、そこかしこで話し声が聞こえてくる。何を話しているんだろう。わからない。わからない。
震えながら頭の中で、そう反芻させていると、一つ。肩を叩かれた。
「…………っ!?」
慌ててそちらの方を見ると、そこに居たのは一人の紺色のローブをし、大きな杖を手に持っている男性だった。
「だ、大丈夫? その……一応俺、回復魔法使えるからさ、何かあったの?」
その男性は、優しく微笑みながら、まるで子供をあやす様に、私にそう告げる。
「あっ……あの……」
それを聞いて、慌てて声を出そうとしても、声が出ない。
怖がる必要なんてない。そう頭では言い聞かせても、身体は、心は、そうはさせてくれない。
こんな自分が嫌になってくる。
気づいたら、私の頬を涙が落ちていった。
「えっ……ご、ごめん俺なんかした……!?」
目の前の男性は、相当にお人よしなのだろう。それでいて、きっととても優しいのだろう。
私が、涙を流したのを見て、慌てふためき、顔をキョロキョロとさせ困ってしまっていた。
「と、とりあえず。深呼吸をして、ほら、大丈夫だから」
それでも尚、男性は私にハンカチと思われるものを渡し、笑顔を見せてくれていた。
言う通り、私は少しの間、深呼吸を繰り返し、鼓動が収まるのを待った。
しばらくして、何とか、平常心に近づいた私は、男性の方を見やる。
フードに隠れてよく見えなかったそこには、まだ若々しい二十代前半程度を思わせる顔をしている、これまた紺色の髪が特徴の人がいた。
男性は私が少し落ち着いたのを見て、微笑みながらに話しかける。
「少しは落ち着いた? 大丈夫? ゆっくりでいいから、話を聞かせて」
「……はい。その、ありがとう……」
ようやくまともに話をすることができた私は、少し硬くなりながらも、男性に謝礼をする。
「色々と、ごめんなさい……。お願いしたいことが……あるの……」
そう言って、既に気づいてるとは思うけど、私は腕の中で浅く呼吸を繰り返すその獣を男性へと見せる。
「この子を、どうか……治してください……」
上擦った声のまま、男性へと頭を下げ、私は誠心誠意お願いをする。
――――しばらく経っても、男性からの返事はない。
不安に駆られ、私はおそるおそる顔を上げると、そこには変わらず笑顔の男性がいた。
男性は私の頭をわしゃわしゃと撫でると、立ち上がり、声を大にして宣言する。
「よしっ任せろ、君みたいな可愛い子の頼み、断るわけないよ」
そうして、杖を構え、呪文を詠唱する。
私にはなんて言っているか、わからなかったけど、その声はなんだか、少し安心できた。
男性が詠唱を終えた途端。私たちは、魔法陣に覆われる。眩い光がやってきたと思うと、たちまちに、腕の中の獣の傷が癒えていく。
「……すご……い」
そんな言葉がついつい漏れてしまうほどに、見たこともないような光景だった。
はっ、とその様子に見惚れていた私は、どや顔を見せる男性の方を向きなおし、立ち上がって、深く深く、頭を下げる。
「あ、ありがとう……」
そして、顔を上げようとした私の頭を掴んで、再び髪をいじりながら、男性は答える。
「困ってる人がいたら助けるのが人ってもんだよ。俺の名前は見ての通り”春兎”。よろしくな」
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