白テイマーさんと烏賊
「……大きく……ない……?」
私の眼前に現れたその烏賊は、体長約十メートルはありそうな烏賊。光沢を帯びた白透明色の身体をして、触手を伸ばしている。あと、すごい私のことを睨んでる……私、何かした?
ぱっと見、どう考えてもクラーケンとか、そんな感じの名前が似合いそうな怪物だった。
確かにそこまで詳しく調べずに来たけど、こんなサイズだなんて、私聞いてないんだけど……。
「ともかく、やらなきゃ……」
あーだこーだ言っていても何も始まらないし、出会っちゃった以上は倒すしかない。
そう思った私は、絡まってる足を力づくで振りほどいて、本を取り出す。
水中戦なんて初めてだし、そもそも多分こいつ物理攻撃効かないっていうか、本で殴ってもダメージほとんどないだろうから、種類少ないけど、魔法を使うしかなさそう。
「勝てる……かなぁ……」
最初の攻撃を喰らった感じ、ダメージはほとんどなかった。多分、この服のおかげだと思う。
だから別にそこまで難しそうではないんだけど、この烏賊、圧がすごくて怖いんだよ……。
「オオオオォォォ!!!!!」
そんな感じで烏賊を見ていると、どうやら準備はさせてくれないようで、叫びをあげながら、その足を私へと振り下ろす。
しかし、決して早いわけではなく、さっきみたいに急な攻撃でなければなんとか、避けられそうだった。
「……危なっ!!」
上から降ってくる足を何とか横に跳び、回避する。
このまま、考えていても勝てない、行動に移さなきゃ……。
今の私の攻撃手段は、多分魔法のウインドカッターとポイズンブリーズくらい……。これは結構厳しそう。
ともかく、やるしかない。
「お願い、相手の注意を惹きつけてっ……!」
待機していた狼に指示すると、私は本を開き、詠唱を始める。
狼は指示を聞くとすぐに戦闘態勢に変わって、全速力で烏賊へと向かう。
烏賊は勿論それを阻止しようと、足で邪魔をするが、その全てを水を蹴ることで避けきって相手の懐へとたどり着く。
「……すごい。水中であんなにも」
そうして相手に噛みついている狼のおかげで、私はまるで狙われることなく魔法を放てる。
ソロなのにソロな感じがしなくて、やっぱりこれいいなぁ……。
「さて、どれだけ効くのかわからないけど……ウインドカッターッ!!」
左手を前に突き出し、そう唱えると、私の手から緑色をした斬撃が相手に向かって凄まじい速さで飛んでいく。
斬撃は、烏賊の足に当たったかと思うと、その足を一本吹き飛ばしてしまった。
「オォオオオオオッッ!!!」
痛みを感じているのか、怒っているのかはわからないけど、それを喰らうとすぐに、相手は再び雄叫びを上げると、周りが見えていないのか、足を振り回し、そこら辺の岩を叩き壊していく。
そして、そのまま足は私の方へもやってくる。
「……ちょっ! 危ないっ……」
先程よりも早さの増したそれを、私は全力で回避する。岩をも破壊するような攻撃なんて、まともに喰らっていられない。
次々と様々な方向から来る足を全部回避するというのも、流石に無理があり、喰らいそうになったらもう一度ウインドカッターを叩き込む。
そうしてどうにかこうにか、逃げていると、相手も疲弊したのか、嵐のような猛攻は止んだ。
普通に考えればゲームなのだから、時間が決まっているんだろうけど、今の私にそんなことを考え付くほどの余裕はなかった。
「……はぁっはぁっ……なんで、ゲームでこんなこんな走らないと……っ」
敵の攻撃も止んで、多分今が攻撃をするチャンスなんだろうけど、走ることなんてほぼない私からしてみれば、今のちょっとの時間だけでも呼吸困難になりかけるくらいに疲れるわけで。
なんとか肩で息をして、呼吸を整えるのが精いっぱいだった。
「そもそもっ……なんで……疲労があるのさ……」
いろいろと文句を言いたいことは湧いてきたが、そんなことをしている余裕もなかった。
動きを止めていた烏賊が、少しづつ動き始めようとしているのが、確認できた。
一応牽制としてずっと狼が邪魔をしているけれど、流石に体格差もかなりあるためそこまでのダメージにもなっていないみたいだった。
「やっぱり魔法じゃないと削れなさそう……」
ここまでのモンスターと戦うのなんて熊に一撃でやられたとき以来だった。
だからこそ、ここでこいつを倒せないとあの熊なんて夢のまた夢に思えて仕方がなかった。
「……けど、このままじゃジリ貧」
どれほど削れているのかわからないけれど、多分まだ相手の方が余力はあるだろう。
こちらは、HPが削れているわけじゃないけど、体力が問題。なんでゲームに関係のないところで私は苦戦しなくちゃいけないのさ……。
再度態勢を立て直し、こちらを睨みつけるその大きな眼になんとも嫌気がさしてしょうがなかった。
「すんなりと、倒せたらいいんだけどな……」
「オアアアアアアアッッ!!!!」
再度、巨大な烏賊が雄叫びを上げると同時、私は魔法を詠唱しながら走り出した。




