押し付けて磔る。
祈流の存在を、俺は妬ましく思う。みんなに優しくされて、愛されて。普段はガキみたいなのに、バンドのときは、格好良く決める。真里亜でさえ、ロックスターを見つめるみたいに、ステージ上の祈流を瞳に映している。中学校を卒業したら、デビューすることも約束されている。それはもう目前に迫っていた。
……俺にはなにもないのに。
あいつは、俺のすべてを奪ってしまった。
真里亜は、小さいころから、いつでも俺についてきた。祈流はひとりで先に行ってしまうから、真里亜の手を引くのは俺の役目だった。
知っているか。祈流。俺の心には穴が開いている。なにかを失ってしまった穴だ。誰もがこの穴を通り過ぎるんだ。誰もが俺を通り過ぎて、祈流を気に掛ける。
祈流は、通り過ぎても立ち止まり、振り向いて言う。
「宙流。そばにいてよ。僕は宙流がいないと完全じゃない」
ステージ上のお前は、完全なのにな。俺がいなくても。光を浴びているときの“KiL”は、意識のどこかで、俺を排除しているように思えた。
祈流は、事件のことを無理矢理、記憶の中に封印してしまった。バランスの取れない心は、何度も苦しみ、薬に頼る。そのたびに真里亜は、祈流に寄り添う。
真里亜が、祈流の手を掴んだ。いつもなら、ふやけたような祈流が、布団にくるまって、原型をとどめているだけだ。それなのに……祈流は手を伸ばし、真里亜を抱き締めた。祈流はもう、大人に近づいている。そうなることは当然のことだ。俺は、部屋の真ん中で、ひとり立ち尽くす。足元にペンが転がっていた。祈流のやつ、また仕舞い忘れている。
共同の部屋、家具は左右対称の同じ位置、なにもかもお揃いだったのに、どうして鏡はひとつだけだったのだろう。どうして真里亜はひとりなのだろう。俺は、ペンを拾い、鏡の前に立つ。インクの先端を押し付け、真里亜の名前を記す。
────ここは、境界だ────
「向こう側には生けないんだよ。俺らは」
俺は真里亜の腕を掴み、引っ張った。真里亜は俺を見て、首を振った。掴む手に力を込めた。真里亜の嫌がる叫び声が、俺の穴を吹き抜けていく。
「やめろ、宙流」
祈流、その手を離してくれよ。すべてを奪われても俺は構わない。だけど、ひとつだけ……。ひとつだけ……失うわけにはいかないんだ。俺にはもう真里亜しかいないんだ。真里亜を閉じ込めようと、俺は必死になる。
そのときだった。バリバリバリと皮が引き千切られるような感触が叫び、真里亜が裂いた。真里亜を半分失ってしまった。俺は、俺の真里亜と、鏡の中へ戻った。
白い闇の中へ。
真里亜はかげろうのように揺れていた。