副業:アイドルの魔法少女⑧
凍り付いて目を剥く俺を余所に、膝を折ってかがんだアイリスが、床から何かを拾い上げた。
巻物……スクロールって言った方がそれっぽいかもしれない。厚手の紙を丸め、紐で留めたものだ。
アイリスは解いた紐を無造作に放り投げ、スクロールを大きく広げて見せた。
畳半畳ほどの正方形の紙に描かれているのは、その道の専門家でもない俺が一目見ただけで、魔法陣と答えられる円状の図形。
「転移魔法陣よ。繋がっているのは、どこか……言わなくてもわかるわよね」
今なお彼女の声が小さいのは、まだ廊下にいるであろうベロニカ王や、兵士に声が聞こえないようにするためだろうか。フードを被ったのも、少しでも外部に漏れ聞こえないようにするための配慮だろう。
「……それ、本物? 本当に?」
「疑うなら使ってもらっても構わないわよ。ああでも、陛下たちが戻ってからにしてほしいかな」
「隠してるのか」
「ま、そうね。これはこの国で、アタシ以外誰も知らない秘密。それをこうして見せている、ってことで、信用してもらいたいんだけどね」
「…………」
唐突に目の前にぶら下げられたチャンスに、言葉が出ない。
彼女の言葉を信じるなら、その魔法陣を使えば、今すぐに荒天島へと向かい、魔晶回収に行けるのだろう。
しかし、アイリスの振る舞いに見える『怪しさ』が首を縦に振ることを拒んでいる。
特異点に簡単にアクセスできる魔法陣……
そんな有用極まりないものを、主でもある国王に隠しているのはなぜだ?
アイリスが所持している理由は? 自分で作ったのか?
だとしても隠しているのはやはりおかしいのでは?
金髪の少女への疑念と同時に、つい少し前までの自身の行いが思い返される。
ここで勢いのままに了承したら、また相棒を命の危機に晒してしまうのでは――?
動機が早まる。視線を注ぐ魔法陣がどんどん大きくなり、視界いっぱいに広がっていく。
呼吸がどんどん浅くなり、手のひらに汗がにじみ出す。ぐるぐる巡る思考が、一気に加速して真っ白になる――
――俺の右手を、ひんやりとした小さな手が包む。
びくっと身を震わせた俺を、いつも通り冷静な面持ちの銀白の少女が、どこか柔らかく暖かな視線で見つめる。
そしてディアナは、俺の代わりにアイリスへと提案した。
「アイリス様。一日、時間を頂けませんか。明日までに答えを用意して、またここに伺います」
ディアナの紅とアイリスの蒼の視線がぶつかる。
「……いいわ。その方が良さそうだしね」
しばし見つめ合ったのち、息を吐きながら魔法陣を丸め、アイリスがそう告げた。




