女王と魔術師①
「……行ったのか? 本当に?」
「……本当に行ったようです。この僕の大見栄を一瞥もせずに」
「サンファ。アレは大丈夫なのか? 私は此度の召喚が初であるが故、比較できぬが……書記にあった過去の召喚者の様子とはずいぶん違うようだが」
「ええ。過去の召喚に立ち会った僕が断言します。彼は『異常』ですよ。常軌を逸するとはああいうことを言うのかもしれませんね」
「普通ならば、まずは事態の把握のために少なくない時間を費やすものです。一日でも、半日でも、数時間でも。さらには、自分の置かれた状況を現実に置き換えるべく、質問攻めを行う、というのがよく見られる召喚者の行動でした。僕自身もよく質問攻めにあったものです」
「なのに彼は、僕らが断片的かつ、まばらに口にした情報だけで答えを出した。いやまあ、答えはハイしか無いんですけどね? そこに至るまでの時間が短すぎる」
「逆に言えば、それだけで彼が決断を下すに十分な情報が得られた、ということなのかもしれませんがね。それにしたって異常と言っていいスピードでしょう」
「他にも、未知の世界、生物、現象に対する恐怖や抵抗心が余りにも無さすぎる。彼らの世界……チキュウには魔法は存在しない。魔物もいなければ魔素もない。壁外を歩いていて魔物に襲われ命を落とす、なんて、このトレイユではありがちな死因も身近なものではないハズなんです」
「だがアレは、最小限の装備だけで窓から身を躍らせたぞ。こちらが最上級の装備をくれてやると公言しているにもかかわらず、だ」
「ええ、そこも異常な点ですね。ひょっとして彼は今まで、この世界にほど近い環境下で生活を送っていたのかもしれない」
「生と死が身近な世界にいたと? ハ、そんな筈はあるまい。そのような環境で生きることが常ならば、舞台を見るなどという腑抜けた行動がとれるものか」
「……ですよねぇ。となるとやはり」
「やはり?」
「彼の言う『あいどるのらいぶ』とやらが原動力になっているとしか考えられませんね」
「……そういうことになるのか?」
「そういうことになってしまいますねえ」