異世界特有のご都合環境⑫
闇夜神路が散らした嵐は、決して大きな範囲ではないが内側へも抉れている。
空白部分には雨も風も見当たらず、完全な凪の状態になっていた。
夜色の波動が弾け散った一瞬で状況判断を下した俺は、内心で握り拳を作る。
よし、これなら通用する!
闇夜神路が作り出した穴へと駆け込むべく、振り上げた右足を元に戻した、その時だった。
刹那ともとれるほどの速度で、僅かに出来た空白部分が周囲の嵐に塗りつぶされた。
「そんな……!」
『……マスター。これは』
当然の結果です。実際に言葉にはしなかったが、ディアナの言いたいことがわかる気がした。やるせなさに表情を曇らせる様子さえ目に浮かぶようだ。
少し考えればわかることだ。
嵐は常に絶え間なく吹き荒れている。闇夜神路は確かに期待通りの効果を見せはしたが、あくまでそれは一時的なものだ。恒久的な効果は望めない。
俺がやったことは、蛇口から出しっぱなしにした水を手で遮って、すぐに手を引き抜いたようなものだ。
大元である嵐を鎮めたわけでもないし、空けた穴に嵐が吹き込まないような壁を作ったわけでもない。
当然、その穴にはすぐに風雨が吹き込むことになる。
「……いや、まだ、まだだっ」
こんな、こんなところで項垂れてられるか!
「きっと今のは、俺が込める心素が足りなかったせいだ。もっともっと、ありったけの心素をつぎ込んでやれば!」
再び半身の姿勢をとり、次なる一撃を放つべく力を集中させ始める。
しかし、さっき以上に心素が溜まるのが遅い。心身ともに打ちのめされているからだろうか。
たとえそうだろうと、関係あるか!
「――闇夜神路!」
二度目に放たれた波動は、つい先ほどのそれよりも更に一回り小さなものだった。
しかし、狙いは過たず嵐へと向かう。衝突と共に炸裂し、さっきよりやや小さな穴が再び口を開けた。
そうだ、ここで畳みかけるべきだ。俺の脳裏に悪魔的な発想がひらめく。
闇夜神路を連続して発射し、嵐が飲み込む間もなく島へと続くルートを築くのだ。それしかない。
妄執に近い発想に取りつかれた俺は即座に実行に移した。眼前で風雨に飲み込まれつつある凪に向かい、三度、四度と続けて波動を叩き込む。呼吸する間も惜しいほど、ひたすらに足を振り回した。
その甲斐あってか、初回よりも徐々に内側へと向かって空白部分を広げていくことが出来ているようだった。
よし、やはりこれで正しかった。この調子だ。
そうして何発目かの闇夜神路を放とうと足を下ろした時、一瞬、視界がブラックアウトした。




