異世界特有のご都合環境⑪
『今です、マスター! 頭上に向かって全力離脱!』
暴風雨に翻弄されて半ば放心状態だった俺は、ディアナの指示にほとんど反射で反応した。
怒りのままにベロニカ城を飛び出した時と同じくらいの心素を込めた魔法陣を展開。即座に踏み切って跳躍する。
ロケットスタートを切ったにもかかわらず、超常の嵐が俺の身体を進行方向から徐々に逸らしていく。
それでも何とか大きく方向を見失うことなく嵐の外に転がり出ることができた。
「っはぁ、はぁ……!」
びしょ濡れの全身が重いのは、文字通りの弾雨による鈍痛だけが原因ではないだろう。
頭のどこかでわずかに期待していた、強行突破できる、という小さな希望を否定された。その事実が心理的な重圧をかけていた。
『マスター、このまま突入しても結果は同じです。ご覧ください』
ディアナの示すのは、俺たちが飛び出したベロニカの陸地だ。
王の城から直線で飛んできて、嵐へ飛び込んだ位置。今俺が辛くも抜け出した位置は、そこから一〇〇メートルほども横にズレていた。
「……こんなに、離れたとこに」
『聞いた話以上に尋常ではない嵐です。特異点に集まる魔素を潤沢に取り込んでいるのでしょう』
「…………」
一種の大規模魔法のようなものってことか。
トレイユの特異点で対峙した首長竜を思い出す。あの竜が広範囲に発した水球の壁は、大きく躱すことで事なきを得たが、この嵐には、退けてその先の本丸へ突破できるような隙は微塵もない。
それなら……
「まだだ……!」
嵐から一歩距離をとり、右足を後方に下げた半身の姿勢になる。
目を閉じ、引いた右足に意識を集中。心素をこれでもかと追いやる。
これで、どうだ!
「闇夜神路!!」
振り上げた右足が、三日月と同じ形をした夜色の波動を放つ。
心身が万全ではないためか、先の首長竜に向けて撃ったときより威力が弱いように思えるが、今気にしているのはそんなところじゃない。
そう、首長竜の放った極太の水柱ビームを、闇夜神路は容易く蹴散らした。
あの時は気にしていなかったが、この夜色の波動は物理的な威力だけではなく、触れた魔法の魔素を散らす能力……すなわち、部分的な、魔法無効化能力があるのではないか?
もしも、その仮説が正しければ、特異点の魔素をその構成に含む、眼前の大嵐にも――!
空を裂く波動が、今なお吹き荒れる嵐の壁にぶつかり、炸裂する。
波動が砕け散った箇所、半径一メートルほどの嵐だけが、かじり取られたように歪な円形の穴を開けていた。




