異世界特有のご都合環境⑩
夜色の魔法陣を弾かせ、あっという間に港を通り越して海上へと躍り出る。
みるみるうちに特異点を取り巻く嵐が迫る。視界を染める海の青が黒に変わっていく。
ベロニカ城を飛び出して五分もしないうちに、俺とディアナは荒天島まであと一歩のところまでたどり着いていた。
俺たちと島とを隔てる、不気味なほど静かな鈍鉄色のカーテン。今まで見たどんな生地よりも分厚い嵐が、四方八方に雨風をひっかき回しているのが見える。
暴風雨の行き交う様子が目で見えるほど近くにいるというのに、目で追えるほどの勢いだというのに、俺の身体には一滴の雨粒も当たっていなかった。
特異点を守護する鉄壁の嵐は、見えないベールに包まれているかのように、その外部へは影響していないのだった。
しかし、それが逆に、勢力が逃げることがないこの嵐が、尋常でない勢いであることを暗に示してもいる。
あと一度踏み切れば嵐の中だ。その瀬戸際で立ち止まった俺の脳内に、相棒の声が響き渡る。
『ま、マスター! どうなさるおつもりなのですか!? 何か策が!?』
彼女自身も肌で感じ取ったのだろう。この嵐に対し、ただ突っ込むだけでは叩き落されるのみだと。
……俺だってそんなことはわかっている。
だけど。
ここで。こんなところで。立ち止まってなんかいられない。
俺は、ルナちゃんのライブに行くんだ……! 絶対に!!
「突っ込むぞ! ディアナ!」
『危険です、マス――』
俺は自覚せず恐怖を振り払おうとしていた。ディアナの制止が言い終わらないうちに、俺は強引に嵐の中へ突入した。
そして、大自然の恐ろしさを知る。
「な……っ!?」
その身を嵐の中へ突撃させた途端、俺の視界が一八〇度、縦回転した。猛烈な勢いの風で体が薙ぎ払われたのだ。そう自覚した次の瞬間には、もう自分がどこを向いていたのかわからないほどに振り回される。
そのうえ、凄まじい勢いの、それこそ滝の真下にいるのかと思うほどのとてつもない雨量が、弾丸の如く全身を撃ち据えている。大瀑布と形容すべき大雨がじわじわと痛みを蓄積していく。
雨と、風。特異点の魔素という反則級のエネルギー源泉を得た超常の自然は、俺のなけなしの平衡感覚を容易く蹂躙した。
上下の感覚はものの数秒で消え失せた。なんとか体勢を立て直そうにも、既にどっちの方角が島で、どっちが嵐の外なのかまるで分からない。
超巨大な洗濯機の中でハイスピード洗浄をされているような気分だ。
「く、そ……!」
とにかく前へ進まなければ。視界も頭もごちゃごちゃだが、遮二無二駆けだそうと両脚に力を込める。
そのとき、脳内に凛と響く声が、嵐の中に一筋の光を射した。




