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独白㉑

「あーったり前じゃない! アタシを……ううん。アタシたちを、誰だと思ってんのよ?」


「最っ高にキラキラのステージを、見せてあげるんだからねっ」


二者二様の意気込みを見せ、アイリス様とルナ様が、先んじてステージの方へと向かっていった。


私は最後に一人残り、ゆっくりと――おずおずと、とも言う――主に向けて、己の両手を差し出す。


「……マスター」


その様子を認めたマスター、ユーハ様は、何も言わずに頷くと、私の手を自身の両手で包み込んでくれた。体温が低い私の手に、マスターの優しい温度が伝わってくる。


私は人前に立つのが非常に苦手だ。不特定多数の大人数の前ともなると、とりわけ。


正直なところ、ほんの数分前に、アイリス様と一緒に客席の様子を覗き見た時……私は極度の混乱状態に陥りそうになった。リハーサルや、その前の最後の打ち合わせの時などは、まだこの大人数の客席を直視していなかったから、その兆候はなかったのだが。


……大勢の人の前に出ることが苦手なのは、もしかしたら、過去の記憶が原因なのかもしれない。


かつて実際に体験した、理不尽な魔装(デバイス)実験。それを受けるのが、決まって複数の大人たちの監視下にあったことが、過剰な痛みやストレスを伴ったその記憶と経験が、私の意識の根底にこびり付いているせいかもしれない。


でも。


瞼を閉じる。意識の全てを両の手に、そこに伝わる熱に集中する。


「……ずっと、ずっと。この手を、お待ちしておりました」


この熱が。この熱を伝えてくれる手が。その手を私に差し伸べてくれたマスターの存在が……私に、過去に負けない力をくれる。暗い過去という名の闇を切り払い、未来へ――前へ進むための、力をくれる。


「ゴメン。待たせちゃったな」


マスターが、少しだけ手を握る力を強めて、そう呟いた。

私は微笑を湛えたまま、首を横に振る。


「いいえ。貴方様(マスター)の責ではありません。それに、こうして……会いに来て、下さいましたから」


確かに、私はずっと主を求めていた。あの辛く苦しい実験の日々から抜け出せるのなら誰でもいいからと、がむしゃらに求めていた。


けれど……今は、ユーハ様以外の人間が私のマスターなど、考えられない。


貴方様以外の誰が、打ち捨てられた廃工房で私を見つけられただろう。

貴方様以外の誰が、私に新しい名を与えてくれただろう。

貴方様以外の誰が、神位魔術師の洗脳を受けた私を、救いに来てくれただろう。


貴方様以外の、誰が……私の過去を知って、尚、こうして手を差し伸べ続けてくれるだろう。


ありがとうございます、マスター。

貴方のおかげで私は救われている。


「ちょっとー! もう時間なんですけどぉー!」


「やっべ」


一人感極まっていた私の耳に、アイリス様の知らせが飛び込んでくる。

いけない。マスターへの感謝も勿論だが、今はライブが先決だ。


「ふふ。マスター、ありがとうございました」


後ろ髪を引かれる思いで、自分からマスターの手を離れる。

手を握ってもらう前よりも、はるかに軽くなった足取りで、私はお二人の元を目指し……途中で、くるりと背後を振り返った。


「見ていて下さい、マスター。私たちのステージを」


「……ああ! 誰よりも前で、誰よりも近くで、全部見てる!」


その言葉を最後に、再びステージの方へ向き直り、歩を進める。

お任せ下さい、マスター。きっと、貴方様を……皆様を心ゆくまで満足させられる舞台を、お見せ致します。


――私は、マスターの響心魔装(シンクロ・デバイス)なのですから。

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