金・五・到
「……すっごいわね」
「すごいですね……」
会場を一席残らず埋め尽くす観客の人たちと、そこに満ち満ちる熱気を舞台袖で覗き見ながら、アタシとディアナはそんな間延びした感想を呟いていた。
まさか、自分がこんなに大勢の人の前に立つ日が来るなんて……ここマリーネで、最初にライブをした時も同じことを思ったけれど、あの時の三倍はいるこの動員数を見ると、同じ感想を抱かざるを得ないわね。
創星神、さま? の時の、いんたーねっとライブは、アレはノーカン。
初めてやった形のライブだったせいか、あんまり人前で披露してるって印象がなかったのよね、個人的に。後から聞いた話じゃ、とんでもない人数の人が見ててくれたみたいだけれど。
これからは、ひょっとしたらああいう形式での舞台の方が増えていくのかもしれないけど……今はまだ、こうして実際にみんなの前で会場に立つ方が、アタシはライブを実感出来る、気がする。
ひとしきり会場の様子を眺め、そこに溢れる熱気が、アタシたちのライブを楽しみにしてくれているのだ、ということを再認識してから、一人舞台裏で待機していたルナのところに戻る。
すると、そこには異世界の少年の姿もあった。
ユーハ。
……思えば、こいつのおかげなのよね。何かと。
ルナとはずっと昔からの知り合いだったし、アタシにアイドルという生きる道を教えてくれた大親友でもある。今こうして、アイドルとして大きな舞台に立てるきっかけをくれたのがルナなのだ。彼女には、感謝してもしきれない恩がある。
でも、その恩があるのは、ルナだけじゃない。
そう、目の前のコイツも同じなのだ。
ユーハがいなければ、アタシは一人でいつまでも、ベロニカの広場でトンチンカンなライブを続けていたかもしれない。もしかしたら、あまりに続く挫折の連続に、アイドルとして生きることを諦めてしまっていたかもしれない。
それに、最高のユニットメンバーであるディアナとも出会えてない。ちょっと不思議な形ではあるけど、リラとも会えなかった。
それに、何より。
大恩人で、大親友の、ルナと再会出来ていないのだ。コイツがいなかったら。
……ずっとそのことは分かってた。いつも頭の片隅で理解してた。
でも、考え始めるとアタシばかりが貰い過ぎているような気がして、それをどう恩返ししたらいいか分からなくて、っていうか、今更コイツに対して改まって恩返しとか気恥ずかしくって出来ないっていうか、ああもうワケ分かんない! ……ってなるから、あんまり考えないようにしてたのよね。
けれど、ユーハのおかげであることは紛れもない事実だから……いつか恩返ししよう、と思ってはいる。いつか。きっと。そのうち。
大舞台の前にそんな複雑な感情を抱えたアタシの胸中を知ってか知らずか、件の少年がアタシたち三人に声をかけてくる。
「調子は、悪くないみたいだな」
――その目を見て。銀白のユニットメンバーと同じ色に燃える紅の目を見て。そこから感じる、アタシたちへのゆるぎない信頼を見て……胸の中の雑念が、ふっと鎮まる。思わず、胸元に手を当ててその感覚を確かめていた。
直感した。コイツへの恩返し……アタシが貰ったものを、どうしたら返せるのか。
苦笑しながら少年が右手を上げる。
少年に最高の笑顔を向けて、アタシも右手を上げて、叩き返した。
「……あーったり前じゃない! アタシを……ううん。アタシたちを、誰だと思ってんのよ?」
見てなさい。アタシの……アタシたちの最高のステージを。
アタシたちが、誰より輝くトップアイドルになる姿を。
それこそが、他ならないアンタへの、一番の恩返しだと思うから――
手を打ち合わせた小気味良い音が鳴り響き、アタシはステージの方を向いて歩き出した。




