星を駆ける⑪
「……ずっと、ずっと。この手を、お待ちしておりました」
両目を閉じたまま漏らされたその呟きに、先日の屋上での会話が思い起こされる。
ディアナの過去を、アーツと共に語られた日。その会話の口火を切ったディアナの最初の言葉が、今の呟きと同じだったということを。
その言葉に秘められた思いを、あの夜の俺は感じ取れなかった。
けれど今なら分かる。奇しくも、創星神との戦闘において、ディアナの過去を曲がりなりにも経験した今の俺なら。
あの追体験は、俺たちの心を折るためという目的が故に、創星神の過剰なアレンジが施されていたのだろうが……大筋の流れとしては事実に基づいているはずだ。
暗く、一人の過去を過ごしてきたディアナが、望まぬ孤独と、苦痛を受けざるを得なかった少女が、どれだけの想いで、己の主となる人間を待ちわびていたのか……今の俺なら、分かる。
ぎゅ、と、相棒の手を包む両手に、少しだけ力を込める。
「ゴメン。待たせちゃったな」
俺の胸中が伝わったのだろうか。ふるふると首を横に振ったディアナの表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「いいえ。貴方様の責ではありません。それに、こうして……会いに来て、下さいましたから」
時間にして、十秒も経たない短い会話。銀白の少女は、その燃えるような紅の双眸を開き、俺の視線を正面から見つめ返してくる。
ほんの少し、その双眸が潤んでいるように見える。大舞台に立てることが嬉しいという、そのことだけが理由ではない。
……口ではそう言いつつも、かつての苦痛の日々から抜け出せたということが、彼女を救えている、の、だろうか。
そうであればいいなと願い、そして、そう思わせることの出来る主であれたらと、思う。
「ちょっとー! もう時間なんですけどぉー!」
「やっべ」
すると、待機位置で既に控えているアイリスが、会場に漏れ出ない程度の声で叫びかけてきた。
いっけね。もう開演まで一分無いぞ。
「ふふ。マスター、ありがとうございました」
穏やかに告げた相棒が、すっと手を引いた。慌てて俺も両手を離す。
眩しくも柔らかな笑顔を湛えた銀白の少女は、ユニットメンバー二人の待つ待機位置に向かった、かと思いきや、その道中でくるりとこちらを振り向いた。
「見ていて下さい、マスター。私たちのステージを」
「……ああ! 誰よりも前で、誰よりも近くで、全部見てる!」
その言葉が、きっと相棒に力を与えることが出来たんだ。
夕焼け色の瞳に強い煌めきを宿して頷き、銀白のアイドルは、軽やかに歩き出したのだから。




