星を駆ける⑤
――あの日から、二ヶ月が過ぎた。
あの伝説の配信は、一日で1,000万回の再生数を記録し、世界各国でアイドルグループ空に輝けの名が囁かれたという話だ。
しかし、世界中で目撃された巨大隕石を撃退というある意味不謹慎なシチュエーション、CGか何かも不明な謎技術による美少女の変身・変形・ケモ耳、半透明な男女の画角イン、などなどの微妙かつ絶妙な要素が盛りだくさんだったせいか、動画サイト側の何らかの規約に引っかかったらしく、本動画は現在非公開となっている。
そのため、新規でディアナ達を知った人は視聴することが出来ないのだが……小耳に挟んだところによると、当時リアルタイムでライブ配信を視聴していた人たちの何人かが、ライブ映像や俺たちが揃って心技を放つラストシーンなどの場面ごとに切り抜いた動画を製作し、アップしている……らしい。
当然これも規約違反に当たるため、サイト運営側が発見次第削除されているのだが、有志はその傾向から規約に引っかかる場面を少しずつ省いたものを上げ直し続け、切り抜き動画の投稿→動画削除→再編集し再投稿、といういたちごっこが続いている。
そのおかげと言うべきか、何と言うべきか……アイドルグループ『空に輝け』の、この二ヶ月の躍進は凄かった。
雑誌や新聞社からの取材オファーはもちろん、番組出演の話など、急な仕事の話が山のように舞い込んで来たのだ。
社長である祭賀氏と、プロデューサーである赤上さん。所属アイドルであるルナちゃんと、新入りのディアナ・アイリスを除けば、シロカゼプロダクションという事務所には、他に事務の女性が一人いるだけなのだそうだ。
トレーナーさんとかは専属契約ではないし、事務所の運営やアイドルの仕事そのものに携わるわけではない。そんな少数精鋭で回してきた事務所はてんてこまいで、
「――篠崎君! 明日の会議資料は用意出来ているかね!?」
「さっき出来ました! そっちに置いてあります!」
「げっ! もう出ないといけない時間だ! 誰か、この取引先にメール返信しといてくれないか!」
『テメェのスケジュールぐらい管理しとけクソがァ! オレがやるからさっさと行きやがれェ!!』
「すまん頼んだ! 瑠奈、アイリス、出よう!」
「行ってきまーす!」「行ってきまーす☆」
「……いってらっしゃーい……マスター、こぴー、おわったー……」
「ああ、サンキューリラ! 次、悪いけどこっちの資料をファイルにまとめてくれるか!?」
「……まかせろー……」
「はい。シロカゼプロダクションです。平素よりお世話になっております。申し訳ありませんが、アカガミは先ほど外出してしまいまして……」
急遽、俺とハーシュノイズが事務方に。新人アイドルとして所属したディアナとアイリスも、手が空いていればその補助に。リラもサポートに回るという、急ごしらえな人員補給で必死に現場を回していた。
次から次へと舞い込んで来る怒涛の仕事ラッシュ。俺は慣れ親しんだバイト先をやむなく退職し、露骨に嫌な顔をするハーシュノイズを引き連れ、シロカゼプロダクションの仕事を処理し続けた。
それも全て、来るべき例の日のため。数日後から始まる、その日々のために。
ああ、楽しみだ……無限に積まれ、一向に減る様子の無い書類の山の中で、俺は一人、夢のような例の日に思いを馳せ、天を仰ぐ――
「マスター」
「あっディアナ」
「手が止まっていますよ。さあ」
「ハイ。ハイすいません今やります」
……というやり取りも、もう何度目かも分からない。
天を仰いでいた視線を手元に降ろす。書類の山という名の神レベルの敵に相対する。
ボールペンという頼もしい相棒を右手に、俺は再び戦場に意識を集中させるのだった。




