異世界特有のご都合環境①
『――見えました、マスター。あれが次の特異点管理国、ベロニカです』
ディアナの透き通った声が、脳内で穏やかに響き渡る。
俺を召喚した国トレイユを出立してから二日、ようやく目的地を視界に収めるところまできた。
進行方向を睨むと、眼下の山々が緩やかな盆地へと繋がっていた。盆地の中に、トレイユ国全体を囲っていた外壁に似た石壁らしきものが左右に広がっているのが見える。その更に向こうに見える青色は……
「アレ、もしかして海か?」
『おそらくそうでしょう。ベロニカは海沿いに広がる大国と聞いています。国内の産業のほとんどが海にまつわるものだとか』
それはすごいが、その情報にふと一抹の不安を覚える。
「まさかとは思うけど、ベロニカの特異点って海の底だったりしないよな……」
『それはありません、マスター。私の教わった記録によると、ベロニカの管理特異点は無人の島のハズです』
「そうか、それならよかった。海底潜航なんてできないからな」
魔法がはびこるこの世界に潜水艦や探査艇なんて無いだろうし、海底なんて辿り着くことから難しい。逆に、そういうときのための魔法、なんて物もあるかもしれないが、魔法が使えない俺には無縁だ。
その点無人島というならまだ安心だ。トレイユの特異点だった霊山と同様に、適当にアタリをつけて進んでいけば何とかなるだろう。今はディアナもいることだし。
そんな楽観的な思考を繰り広げていると、ベロニカの外壁が近づいてきた。入国のための検問所らしきものも見える。そろそろ降りたほうがよさそうだ。
少し外壁から離れた場所に着地。同時に月神舞踏を解除する。
もうトレイユ城でのときのように騒ぎになりたくないからな。いきなり王のいる城へ直行するんじゃなく、ちゃんと所定の手続きを踏んで正規に通るのが結局一番早い。余計な説明なんかをする手間も省けるし。
「行くか、ディアナ」
「はい、マスター」
常の少女の姿に戻ったディアナと短く言葉を交わし、そびえたつ壁が開けた口のような検問所へと向かう。




