神の衣を纏いて⑥
そう、それだけのエネルギーを用いても及ばない。
しかし……彼らならば。
師匠を止めなければと思う、私一人だけの義務感ではない。
その目的・望みは小さなものかもしれないけれど、私のような義務ではなく。自分たち、あるいは他の誰かのための願いを、幾重にも束ねることが出来る、彼らであれば――
『私では到底止めることが叶わない貴女をも、下し得る』
「……はぁ~。何かと思えば、そんな理由? ハッキリ言って失望したよ、アルト。仮にも私の助手ともあろう者がさ、検証もしていない希望的観測に賭けるなんて」
先程の語気の荒い雰囲気から一転、急激に脱力したと分かる声音が扉の向こうから絞り出されてくる。生粋の研究者であった彼女にとって、『勝算や確信も無いまま誰かを信じて任せる』という行為は全く理解できない行為の一つなのだろう。
数秒の沈黙の後。不意に、何気ない口調でさらりと師匠が呟いた。
「ま、いいや。じゃあ試してみよっと」
直後、締め切られている筈の扉から、隠そうともしない程の途轍もない魔素と神威の圧力が溢れかえった。ただの人間であれば中てられただけで意識が飛び、魔術師であっても不快感を感じるであろう程の濃度の気配。
それらの気配から、師匠の意識が私ではなく、程近くの二人に……篠崎悠葉とディアナに向けられたことが伝わってくる。
『何を――』
「ま、別に誰だってよかったんだよね。二世界の神と成った今の私の力を測れるならさ」
キミだったらより正確なデータが取れたんだけど、と漏らす師匠の声は、とうとう私にさえも関心を失ってしまったかのように冷たく抑揚が無い。
「天穴」
徹頭徹尾に冷酷さしか感じられない式句が紡がれ、溢れ出ていた圧力が急速に集約される。
天穴。高重力で空間に穴を空ける、地属性の高等魔法。神位魔術師が行使したとしても、人一人がくぐれる穴を空けられるかどうかという威力のものだ。
しかし、今の師匠は神位魔術師などよりも遥か高みの存在。
人一人どころか、山一つ、いや、島一つくらい丸ごと呑み込むくらいの規模の魔法へと昇華されていても不思議ではない。
そんな威力の魔法を、あの二人だけに――
遅すぎる警戒の叫びを届けようとして、しかし、頭の中の冷静な自分が、それを押し止めた。
忘れるな、と。
あの二人を信じ、任せ、託したことを。
「な――!?」
自分自身の声に、逸った心が落ち着きを取り戻す中、師匠の驚愕に満ちた声が、またしても扉の向こうから飛び出してきた。
「そんな……大陸ごと呑み込める威力の魔法を、チャチな波動一つで消し去っただと……!?」
やはり。
彼らなら出来る。あの二人ならやってくれる。
『甘く見ないことです、師匠』
篠崎悠葉と、ディアナの二人なら、きっと貴女を阻んでくれる。
その時だった。驚きの余り師匠の権能が緩んだのか、あるいは、権能に何らかのバグが生じたのか。
私の想いが届いたかのように、二人の声が高らかに響き渡る。
『貴方を、止めます。地母神エルデアース』
「ディアナと、アイリスと……ルナちゃんのライブ開催のついでに、な!!」
それを聞いた師匠が、二種類の感情を混ぜ合わせた複雑な声音で答えた。
「……ひとつ、そんなくっだらない理由で私の前に立つ愚かなキミたちに、間違いを教えてあげる。地母神エルデアースとは、エーテルリンクの神だったころの私の名前。地球においても神へと至った今の私は、それとは違う」
その感情とは、怒りと、喜び。
名も忘れる程度の存在と切り捨てた相手に牙を剥かれた怒りと、高みへ至った自分の力を試せる相手の存在という喜び。
相反する二つの感情が強引に、複雑に交じり合い、呪詛にも似た気配で空気を侵している。
「今の私は星を創り、世界をも創り出す最上の神――言うなれば、創星神」
気付けば、周囲の大地が揺れていた。地震にしては余りにも突発的な振動。
まるで、この大地を統べる何者かの感情を体現しているかのような。
「――我が名は創星神。創星神エンデ! 我が永劫の叡智の前に、疾く、悉く、消え果てよ!! ニンゲン!!!」




