夜会話⑬
『その認識で間違っていません。のちの心魂奏者と呼ばれる青年、サンファを適任と見定めた地母神は、過剰なまでに彼に目を掛け、並び立つ者なき優秀な魔術師にして、無類の心酔者として彼を育て上げたのです』
……サンファと戦った、トレイユの王城での決戦を思い出す。
あの時の、自身の計画通りに俺たちという召喚者一行を処理出来なかったと分かった時の、サンファの取り乱し方はかなりのものだった。つまり、それほどに地母神を崇拝していたってことだ。
『サンファのある程度の成長が見込めたタイミングで、師匠は彼の育成からぱったりと手を引きました。それは、再び不老不死に至るための魔法の研究へ戻っただけで、言うなれば、子の成人に伴う親の子離れのようなものだったのかもしれませんが……相手が悪かった。普通の親子のように親離れが出来る幼子ではなかったのだから』
そうだ。地母神が手を引いたのはサンファ。地母神自らが己の心酔者として育て上げた人間だ。
それまで、過剰なまでに手塩をかけて育てられてきたサンファが、地母神が居なくなったと知った時の様子は、とてもじゃないが俺に想像出来る程度のものじゃないだろう。
『彼は半狂乱になって地母神への交信を試みました。しかしそれは叶わなかった。師匠の方がそれに応える気が無いのですから……しかし、それほどまでに集中していた魔法の研究も、またしても上手くいっていないようでした』
アーツの話では、異世界における新たな技術である魔法であっても、不老不死へ至る手段は見つからなかったのだそうだ。むしろ魔法は、属性や、定位魔法・神位魔法という区分けが細かいこともあって、かつて超能力と呼んでいた力よりも、ずっと使いどころが限定的なものだった。
そして……地母神は再び、あの手段を採ろうとする。
『そう。今とは異なる世界へ渡り、未知の技術による転機を狙ったのです』
かつて故郷であった星を捨て、エーテルリンクへとやって来たように。今度はエーテルリンクを捨てて、異なる天体で研究を続けようとしたのだ。
しかし、それもまた上手くいかなかった。転移先に合致する惑星が見つからなかったのだ。
『不老不死の研究には早々に見切りをつけ、師匠は異世界転移の魔法術式の創造に注力を始めたようでした。このころの師匠の行動にはかなり隠蔽工作が施されており……多少の違和感はあっても、彼女の人となり――ズボラ、という意味ですが――を知る私にとっては逆にその方が自然に思えてしまって、止められなかったのです』
長年連れ立った相手をも誤魔化す手腕はあっぱれだが、それもいつまでも続くものではない。
地母神の様子にどこか焦りが見え、さしものアーツであっても気が付くかどうか……その矢先のことだった。
サンファが、エーテルリンクと地球を繋ぐ、異世界転移の魔法陣を完成させたのは。




