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決戦前夜⑩

「――――っ」


俺の言葉を聞いた天空神の狐耳が、ぴん、と逆立った。風も無いのに、漆黒の髪も大きく膨らみ、彼女の殺意が、より明確な対象を定めた敵意となったことを伝えてくる。


「大丈夫だ、リラ」


右手を握る桜髪の少女に、短く呼びかける。姉と慕うディアナのことが気にかかる様子だったが、俺の言葉に僅かに安心を取り戻せたのか、決意に満ちた顔つきで、彼女もまた短く答えた。


「…………ん!」


その頷きと共に、少女の身体が桜色の粒子になって解ける。

数秒の後、粒子が桜色の刃を持つ短剣となって、俺の右手で収まった。


「――いいでしょう。その虚勢が蛮勇でないと(のたま)うなら……証明して御覧なさい!」


俺がリラを構えた矢先、天空神の放つ敵意が、周囲の空気に含まれる魔素(マナ)と混じり合って形を変えた。二つの黒い塊が、その形を変容させながら俺に向かって飛来する。


努めて冷静に、ギリギリまでその接近を許しながら、紙一重でそのうちの一つを躱し、もう一つを短剣で斬り弾く。下半身を狙った黒塊が屋上の床に突き刺さり、首へ飛んできたもう一方を柵の外へ弾き飛ばす。


床に刺さって動きが止まったことで初めて、その塊が夜剣の形へと変じていたことが分かった。


刺さっていた夜剣は瞬時に不可視の力で引き抜かれ、発射口であった天空神の元へと戻っていく。弾き飛ばしたもう一方もまた同じ夜剣の形をとっており、同様に天空神の肩の斜め上辺りで制止した。


ディアナが限定魔装形態リミットデバイスモード下で使用するときのような短剣ではない、俺がマスターとしてディアナを扱う際の、完全な夜剣の姿だ。それが二振り、天空神の背後の空中で音も無く浮かんでいる。


さながら黒い翼のようにも見える夜剣が、天空神の手掌の指示に従い、一層の鋭さを増した速度で再び飛来する。


ズ、ズルくないかそれは!? 両手に握るよりもずっと間合いがデカいぞ!


天空神自身は当初立っていた位置から一歩も動かず、左右の手を忙しく動かし夜剣を操作している。


その動作は機械のように精緻かつ機敏で、コンマ一秒のラグも無く夜剣に伝わり、俺の命を狙って来る。


目と足を同時に狙う斬撃。一振りのフェイントに隠れた死角からの一手。瞬間威力だけを狙った二振り同時の刺突……遠隔操作とは思えない精密性と、重さを兼ね備えた攻撃が絶え間ない。


とても手が足りない――!


「リラ!」


『……いえす……マスター……』


短いやり取りの後、短剣の刀身が五枚の花弁へと分かれる。


魔装形態(デバイスモード)桜盾(おうじゅん)

桜の花びらを象った、盾にして刃でもある魔装形態。これを展開し、俺は迫り来る刃の多重攻撃をどうにか凌ぐ。


そして同時に、少しずつ天空神の屹立し続ける場所へと近付いていく。


まだ、俺たちの間合いの外だ。まだ遠い。

もう少し近付かないと、反撃が届かない……!


頬や太ももに、回避しきれなかった夜剣の刃で小さな裂創を作りながらも、じりじりと彼我の距離を詰める。


「堅実なことです。肉を切らせて骨を断つ。その精神がそうさせるのでしょうか」


殺意を前面に押し出しながらも、あくまで冷ややかな声音で天空神が呟いた。


「甘い」


きゅ、と視界の端で天空神の狐耳がその身を引き絞った。同時に、二振りの夜剣の内の片方に、魔素が集約するのが分かる。


魔素を宿していない方の夜剣が、鋭い勢いで俺に縦斬りを仕掛けてきた。これまでの攻防から察するに、おそらく最大限の力を込めた一撃。


桜盾では砕かれる。周囲を舞う刃を短剣の姿に戻し、正面から受け止めた。その重さに、回避に集中していた俺の動きが縛り付けられる。


その瞬間を待っていたとでも言わんばかりに、魔素を込めた方の夜剣がゆらりと持ち上がった。


天空神が、告げる。


「――闇夜を纏う黒刺夢槍リ・レイ・ディアセレナ


直後、その身に夜色の波動を纏い、空駆ける燕のような形を成した黒槍が、夜剣から放たれた。

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