信じた奇跡を現実へ⑨
先程までとは別の意味で、その場の誰もが何が起こったのか分からなかった。いや、理解出来なかった、という方が正しいか。
……味方である筈の、仲間である筈の炎闘神を、どうして地母神が手にかける!?
当人でさえ理解出来ていない。炎闘神が、何事かを更に追求しようと、大きく口を拡げたのが見えた。
が。
「――素因排脱♡」
『――っグ、ギャアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!』
パチンと片目を閉じた地母神の式句と共に、瞬く間にその身を構成する魔素の全てが、地母神の右手へ凝縮・圧縮されていく。異世界の神の身体を成す魔素が、その内側に宿っていた微量な心素が、余すところなくすべて純粋な素因に置換され、吸収される。
目にした場面さえ違えば、その可憐さにときめくことさえあったかもしれない地母神のウィンクと、対照的に背筋を凍り付かせるような炎闘神の断末魔が、とてつもない非現実感を生んで、俺たちの思考を停止させる。
……炎闘神の断末魔が、収まった時。
「ん! 上々、上々♪ バッカだなァ。戦いのことしか考えてないから、私の企みにも気付かないし、人間の心意なんかに負けちゃうんだよ」
赤銅と白の光を放つ魔晶を持った地母神が、楽し気にそんなことを呟いた。
その時になって俺は初めて、炎闘神の素因全てを封じ込めた魔晶が、以前天空神が宿っていたものであることに気付く。
「やァ、アーツ――壮健そうで何よりだね。どうだった? 私の創った仮想神界は。なーんにも無かったかもしれないけど、広さだけなら結構なモノだったでしょう?」
『……世間話をしに来たのではない! 私がこの世界までやって来たのは、貴方の凶行を止めるためです! 地母神エルデアース!!』
街角で出くわした主婦同士のような口調で声をかけてきた地母神へ、語気を荒げた天空神が叫び返す。それを聞いた地母神は、「つれないなぁ」とつまらなそうに口を尖らせた。
「まあそう言わずに、そのまま少し見ていなよ。私が本当の神界に至るところを、ね」
『何を――』
天空神が問い終わるより早く、再び地母神が指を鳴らす。すると、彼女が現れたのと同じひび割れが空中に広がり、またもや人影が現れる。
「……はっ?」
「え……う、そ。あれ……サンファ、さま?」
俺と同じように、頭上の様子を窺っていたアイリスが、途切れ途切れに呟く。
それは、サンファだった。
色素の薄い氷にも似た水色の長髪と、異様にねじ繰り曲がった杖を隣に浮かべ……目隠しと猿轡をされ、その上から炎闘神と同じように、地母神の魔素で簀巻きにされていた。
物理と魔法の両面から縛り上げられているサンファに、地母神が、相も変わらぬ享楽的な声音で話しかける。
「ゴメンねぇ~その体勢のまま二日も待たせちゃって。でもでも、キミってば私のためにアーツにケンカ売ろうとしてたんでしょ? ならそれくらい平気だよね?」
「――! ~~~~~っ!!」
サンファが、猿轡越しに何かを必死に訴えているのが、離れたここまで聞こえてくる。
そのことは、間近にいる地母神が一番よく分かっている筈だ。そして何より、サンファは地母神の神位魔術師……彼女のことを、母のように慕っているとサンファ自身も言っていた。それほど深い関係のある相手の筈なんだ。




