信じた奇跡を現実へ⑧
周囲に、泥のように濃密な魔素が満ちた。何の前触れも無く訪れた魔素は、全身に鉛のようにまとわりつき、空気をも含めたその場全ての者を平等に蹂躙し、充満する。
その魔素の気配を察知した時、炎闘神の顔を形作る焔が明らかに笑ったのが分かった。
周囲に満ちる魔素は、俺の放ったソウルドライブの波動と炎闘神との何センチも無い隙間に、音も無く滑り込んだ。そのまま光の如き速度でその部分の魔素の密度を上げていく。
防がれる。あるいは相殺される。そう確信出来るほどの密度が注ぎ込まれ、炎闘神の笑みの理由を俺が把握した時だった。
俺の心技を防ぐかに思われた魔素が、標的を反転し、炎闘神を全身丸ごと絡めとった。
『――ッッ!? これ、は……!!?』
空中へと引き上げられる炎闘神の顔つきが、勝利を確信した笑みから一転、驚愕の表情に変わる。
標的を失ったソウルドライブが、数舜前まで炎闘神のいた空間を通り過ぎ、少し先の空間で霧散した。
「な、何が起こってんの!?」
『これは、一体……!?』
アイリスも、ディアナも、俺も……さらには炎闘神さえも含め、何が起こったのか知るものは誰もいない。地上に残された俺たちはただ、謎の魔素に拘束された炎闘神の行方を視線で追った。
全く身動きが取れないのか、簀巻きにされたような体勢のまま、炎闘神が天へと昇り、ある一点で停止した。
次の瞬間、炎闘神の停止した真横の空中がひび割れ、漆黒の穴を空けた。そこから、一人の人物が姿を現す。
「あれは――!」
『……エルデアースっ!』
天空神がそこでようやく声を発した。
その場所が空中でありながら何食わぬ顔つきで屹立する女性は、フィリオール先生……いや、地母神エルデアースその人だった。
地母神は、ビルにして十階相当程の高さから俺たちに向かって笑顔で手を振って見せたかと思うと、実に自然な動作でパチン、と指を鳴らす。
「「『う、ぐっ!?!?』」」
直後、俺やアイリス、ルナちゃんや祭賀さんたちまで含めたその場の全員が、突如発生した超超強力な重力場に押さえ込まれ、その場に蹲った。魔装形態であるディアナ達や、幽霊や精神体であるハーシュノイズらでさえ、周囲に満ちる魔素と重力圏の影響を受け、等しく身動きを縛られる。
唯一動く視線だけを懸命に頭上に向けた俺は、二人の神が浮遊する空中を必死に窺う。
全身を拘束されたままの炎闘神は、しかし揺らがぬ威圧感を殊更に強調させ、目の前の地母神へと叩きつけていた。殺気と捉えられても仕方のない気配。
しかし、そんな必殺の迫力を一身に受けているはずの地母神は、意にも介さないどころかリラックスしきったゆるゆるの表情で、にこやかな笑顔を炎闘神へ向けていた。
『おい』
「ん? どしたの、アースガルズ」
『これは、何のマネだ。段取りが違うんじゃないか』
殺気が全開の炎闘神の声音は、一言一言を聞いているだけでも委縮してしまいそうな威力を含んでいる……が、地母神はそんな追及さえもカラカラと笑いながら難なく躱す。
「んーん。当初のスケジュールのまんまだよ? なーんにも、これっぽちもズレてやしない」
『バカ言え。本来捕えるのは、アーツかその眷属だったハズじゃ――待て、貴様まさか』
その視線だけで人を殺せそうな睨みを利かせていた炎闘神が……何かに気付いた瞬間、見るからに青ざめる。
その様子を見た地母神は、きゅっと目を細めて口の端を吊り上げると、
「あっはぁ! 気付くの遅いよぉ、ア・ー・ス・ガ・ル・ズ♪」
放課後のショッピングを楽しむ女子高生のような矯正と共に、絶大な魔素を宿した右手を炎闘神の胸に突き立てた。




