信じた奇跡を現実へ⑥
――光一つ無い、暗闇の中にいた。
背後には、たった今通り抜けて来たはずの桜色の扉は無かった。何の目印の無い、遥か彼方まで続く漆黒の地平。
不安が浮かびそうな心を、しかし己自身で叱咤して、果敢に足を前へ進める。
何一つ道標も無い空間を、感覚のみを頼りに宛所なくさ迷う。
前へ。横へ。時には後ろへ。
どこに進めばいいのか分からなくなることもあった。けれど。
――こっちだ、瑠奈
「……うん。プロデューサー」
ハッキリと聞こえてはいない。姿が目に見えるわけでもない。
けれど確かに、彼が隣にいるのが分かる。ほのかな熱が伝わってくるのを感じる。
その熱と共に、ゆっくりと、しかし確実に先へ進む。
そして……辿り着く。
白く光り輝く球がいくつも浮かぶ空間。その中でも、一際大きな光を放つ一つに、そっと手を伸ばす――
「――ナ! ルナってば!!」
「ん……あ、アーちゃん?」
「ルナ! 良かった、無事に戻れたみたいね……!」
俺の後ろで、意識を取り戻したルナちゃんへアイリスが呼び掛けているのが聞こえる。
数秒前、宵鍵桜扉により発動した精神世界への入口……桜色の扉が、跡形も無くかき消えた。それと同時、扉の中へ姿を消したルナちゃんが横たわった状態で現れ、アイリスが駆け寄ったという次第だ。
二人の横には、同じように意識を取り戻し、笑顔でこちらに親指を立てる赤上さんと、その隣でやれやれ、といった様子ながら優しい笑みを浮かべる祭賀さんの姿がある。
そして、俺は――
『……やってくれたな、人間風情が!!』
赤上さんが目覚める寸前、宵鍵桜扉によって拘束された身体から、赤銅の色の膨大な魔素が溢れ出た。すかさず肉体の支配を取り戻そうと迫った魔素を夜剣と桜盾で牽制した俺は、その魔素と向かい合い、ルナちゃんたちを庇う形で睨み合っていた。
炎闘神、アースガルズの本体。
赤上さんの身体を乗っ取っていた神の精神だ。
その外見に、赤上さんの姿だったころの面影は無い。赤銅色の焔が人間と似た形で寄り集まり、顔や手足のようなものを形成して燃え盛っているだけだ。その意味では、『炎』という概念そのもののイメージに近いと言えるかもしれない。
そこから伝わってくる威圧感や、その全身に内包する魔素の量は、最早神位魔術師さえも比較にならない。無限とも思えるくらいの絶大な量だ。
ただの精神体に過ぎず、肉体無くして地球への干渉は出来ない筈なのに、あまりの熱量と魔素を内在するが故か、その場に存在しているだけで空間が揺らいでいるのが分かる。
『ハッ! いいザマだな炎闘神サマよォ!! お調子に乗って舐めプしてっから足元すくわれんだよ!!』
『軽薄な風雅神のおこぼれを預かったに過ぎない小僧が……! 貴様から先に消し炭にしてやってもいいんだぞ……!』
俺が地母神の暗闇の空間に飲み込まれていた中、どうやらアイリス達を導いてくれていたらしいハーシュノイズが炎闘神に向けて愉悦に叫ぶ。まあ、自分を殺した張本人に意趣返しが出来た、と考えれば、その態度も分からなくはないけど……赤ん坊と国際アスリートくらいの力量差がある相手に良く平気で噛みつけるな。




