金・三・交⑨
「くっ……私も加勢する! 二人は、そのまま続けてくれ!」
神霊の劣勢を感じたサイガおじ様が、残り僅かと薄くなった手帳を片手に、焔が猛る戦場へと駆けて行った。ルナも、アタシも、引き止めたい気持ちでいっぱいだったけれど、ぐっとその思いを胸の内に押し込めて、紡ぐ歌を続ける。
……フレア様のときほどには、傾国の歌声の効果が出ていなかった。
全くの無意味だったわけじゃない。確かにアタシたちの歌声は、炎闘神の吹き散らす焔を弱めて周囲への被害を減らし、炎闘神自身の動きも多少ながら制限出来ている。
だけど、一番に望んでいた結果。
炎闘神に抑圧されていると予想していた、アカガミさんの精神を呼び起こすことが、出来ていなかった。
どうして? ルナもアタシも、これ以上無いほど意識を集中して、魔素と心素をこれでもかって言うくらいに振り絞って、歌い尽くしているっていうのに。リラも、もう主の渡した心素が無くなってもおかしくないくらいの状態で、懸命にアタシたちの歌声を届けてくれているのに。神サマそのものに対抗するには、これでも足りないって言うの?
いいえ、それとも……
アタシたちの賭けた前提が、そもそも誤りだったのか。
それは最悪の想定だった。
アカガミさんの精神は、炎闘神に乗っ取られたときに既に失われ。
その肉体を操る炎闘神以外に、あの身体に宿っているものは無くて。
アタシたちが必死になって呼びかけていた先は、ただの空虚に過ぎなくて。
おじ様も含めて全てを尽くしたみんなの頑張りが……意味の無いものだった、という、こと。
挫けそうになる。今にも地に膝を付いて、誰の目も気にすることなく頭を抱えて、蹲って叫び出してしまいたくなる。顔が熱くなって、今にも涙が溢れ出しそうだ。
目の前で、更に勢いを増した炎闘神の無数の槍に、神霊が貫かれ、おじ様が負傷する姿が見える。
おじ様が加勢したところで、炎闘神もまた油断せず、戦闘に回す力を増したんだ。そしてその力は、おじ様の加勢分を補って余りある。
遂に立ち上がることすら出来なくなる程にやられた神霊が、ゆっくりとその場に倒れ込む。
腕と腿に傷を負ったおじ様が、はらはらと崩れ落ちる神霊の傍らで膝を折る。
そして、初めて息を切らせた様子ながらも、なお余力を残していると分かる炎闘神が、赤銅の槍を構え直してこちらを向いた。
――こんなところで。こんな、何も出来ていないままで、終わりたくない。
もはや焦る要素など無いのか、ゆっくりと歩いて、炎闘神がアタシとルナに近付く。
――決めたのだから。アタシと、ルナと……みんなで、エーテルリンクでライブをするんだ、って。
周囲の炎熱を妨げていた中から、合わさって大型の刃を象ったリラが迫るも、添えられた槍が容易く軌道を逸らす。炎闘神の歩む速度は変わらない。
――終わりたくない。その気持ちは、アンタだってそうでしょう?
とうとう、アタシとルナの目の前に炎闘神が辿り着く。
赤銅の槍が崩れ、頭上に持ち上げられた掌の上で、轟々たる火球へと変じる。
――だから……
「いつまでも歌っていろよ。そうして、そのまま死んで行け」
震えが止まらない。アタシとルナの裏返った歌声が途切れ途切れになる。
太陽のような存在感を放つ火球が、振り下ろされる。
炎闘神の手から火球が離れる寸前、アタシは肺の奥に最後に残された息を、一気に吐き出した。
「――だからっ、さっさと来なさいよ!! バカぁぁっ!!!」
目の前が、意識が、赤銅と白熱色に満たされる。いいや、確かに、一瞬満たされた。
その刹那ののち、視界と意識を埋め尽くした赤銅色を、見慣れた夜色の一閃が切り裂いた。




