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金・三・交⑥







――声が、聞こえる。


その人物は、周囲の喧騒(・・)の中響き渡って来る旋律を、(あやま)たず聞き取った。

胸の内が高鳴るような高揚を、締め付けられるような切なさを感じさせるその歌を。


()の周囲は、突如現れた大火災に見舞われた人たちの阿鼻叫喚で、到底人の歌など聞こえようも無い空間へと陥っていた。


アーケード下の商店街を行き交う人たちを、何の前触れも無く襲った強大な炎。その出所が、商店街の一本裏の路地だという情報は、凄まじい喧噪の中からどうにか拾い上げることが出来たが、炎の発生した原因については一切分からないままだ。


炎は路地から広がり、商店街の出入り口であるアーケード前まで及び、その先の道路や住宅街まで伸びようとしている。一度、これもまた不意に訪れたゲリラ豪雨によって一時期は勢いが抑えられたが、その雨も少し前に、まるで竜巻のような形をした炎に――見間違いに違いないだろうが――吹き散らされてしまったとか。


そのうえ、そこらに置いてある消火器や、バケツ一杯の水程度ではまるで消化効果が見られない。挙句の果てには、出張って来た消防隊の高圧水流でようやっと互角、という程の威力だというから始末が悪い。


そんなわけで、逃げ惑う住民と、消火活動に追われる消防隊と、炎に侵略される家屋の崩壊音などが交差する商店街は、未だかつてない騒々しさである、筈だというのに。


その歌声は、間違いなく彼の耳に届いた。


いや、その表現は適切ではないかもしれない。今の俺には肉体が無いのだから。

見た目には耳も付いているし、五体満足だけれど、触れないし……普通の人には見えないし。


あの少年(・・・・)ですら、答えてくれなかった。本当は見えているし、聞こえているに違いないと思ったんだけどなぁ。


一瞬、そんな数日前の出来事に思いを馳せた彼を、再び例の旋律が正気に戻す。


――この歌声、間違いない。

彼女が近くにいるんだ。


そして、この直感が間違っていなければ、彼女は今、この焔の原因と直面している。

これ以上の被害を出すまいと奮闘している。


微かに、しかし確かに聞こえる旋律は、もう何度聞いたか分からない、彼女の自慢のナンバー。


歌声の中には、どうやら彼女以外の少女の声も聞こえる。しかし、まるで最初から合唱曲であったかのように違和感無く、いやむしろ、その曲本来の持ち味をこれ以上無く活かすかのように、調和が保たれている。


行かなければ。


たとえ、自分が行ったところで何の役に立たないと分かっていても。


このままここでじっとしてなんていられない。


彼は決意し、案山子のように呆然と立ち尽くしていたCDショップの前から、一歩踏み出した。今や炎がその全面を埋め尽くしている、アーケード街の出口を見据える。


そんな彼を導くかのように、目にも止まらない速さの何かが背後から吹き付け、アーケードの出口を通り抜けた。


一瞬、桜色に見えたようなその風の後押しを受け、彼は歌声の下へと走り出した。

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