金・三・交①
重苦しい空気の中、アタシとサイガおじ様、そして、アカガミさんの姿をした炎闘神アースガルズの視線が交錯する。
何時間にも思える無言の時間。実際はほんの数秒しか経過していないだろう、言葉無き牽制。
緊張感で滲んだ冷や汗が一筋、アタシの頬を伝った瞬間、
「火焔集渦・軍」
聞き漏らしてしまいそうな小声がポツリと呟かれ、それと対照的に、荒々しく吹き荒れる火焔の竜巻が、目視しただけで十個以上、アタシたちへ向かって来た。
昼日中の青空に届きそうな程に、竜巻は背が高い。その巨大さに、生物としての本能的恐怖が全身を駆け巡る。
もう周囲への被害も何も考えていないのだろう。火の粉と暴風を遠慮なく撒き散らしながら、竜巻が迫ってくる。
「アイリス君!」
「ハイ!」
おじ様の短い呼びかけにアタシが応えると、目の前に灰色の魔法陣と、おじ様の頭上に紺色の魔法陣の二つが出現する。アタシはまず、紺色の魔法陣の方へ魔素を送り込んだ。
その直後……地面に、一滴の雫が滴った。
焔の竜巻が吹き荒れ、地面もまた相当な熱を持っているにもかかわらず、続々と飛来する雨粒は数を増し、アタシたちのいる路地だけを集中的に豪雨で覆い尽くす。雨粒をよくよく観察して見ると、その一つ一つには微弱ながらも魔素と心素が宿され、路地の外まで及びそうな火の粉を、一瞬で消し去っていた。
紺碧天幕。天候を操り、大雨を呼ぶ魔法。
心因魔法陣で齎された大雨により、火焔の竜巻は一切の火の粉を飛ばすことが出来なくなっている。本当ならここまで――雨音以外の音がほとんど聞こえないほどに激しい――は、強くない魔法だけれど、やはり心因魔法陣で発動した魔法は、本来よりも強化されているらしい。
しかし、魔素と心素宿す豪雨の干渉は、神威の竜巻そのものには影響が無かった。
いや、まったくの無力というわけでも無いのだけれど、竜巻の有する熱量が多過ぎて、いくら豪雨と言えど雨粒程度ではすぐに蒸発してしまうようだった。
続けてアタシは、目の前の灰色の魔法陣の方に、紺碧天幕の時以上の魔素を送り込む。今度はアタシの魔素よりも、風雅神の魔素を多めに織り込んで。
灰色の魔法陣が光り輝いたかと思うと、有り得ない質量の雪が溢れ出た。
雪崩、って言うんだったかしら。山の斜面で、積もり積もった雪が崩れ、滑り落ちる現象。
それを再現した魔法、冬嶺。これも、心因魔法陣による効果で、本来のそれよりずっとずっと強い勢いになっている。
前に、トレイユの霊山で似たような現象が起こったのを、遠目に見たことがあるけれど……多分、間近であれを目にしたら、さっきのような、本能的な恐怖を感じたに違いない。だってこんなのに直面したらどうしようもないもの。
今でこそようやくアタシは空を飛べるような感じになってるけれど、エアリベル様の加護を受ける前だったらもう絶望よ。流石にダッシュで逃げられるようなものじゃないと思うし。
そんな、ただの人間には逃げることも退けることも困難な大自然の現象が、神位の魔素に満ち満ち、焔の竜巻へと覆い被さる。




