独白①
何だろう、これは。
我が主が眠りに落ちる前に取り出した小さな四角い機械。これがチキュウ人なら誰しもが持つ、携帯端末というものだろう。
主が端末を操作すると、そこから音楽が流れ出した。驚いて端末を覗き込んでみると、その小さな画面の中に、眩しいほどの笑顔で舞い踊る一人の少女がいた。
全身にフリルがあしらわれた、一見して可愛らしさを印象付ける服に身を包んでいたが、その踊りは苛烈にして鮮烈。歌声は優美にして端麗なものだった。
ただの『可愛らしい少女』ではない。その身全てを使った表現で、見る者に『可愛さ』以外の、それ以上の何かを伝えようとしている。なぜだか私は、その少女から目が離せなくなっていた。
しばらくしてからふと隣を見ると、既に主は硬い洞穴の壁にもたれ、静かな寝息を立てていた。
そのことに私が気付いたのは、端末の少女の歌を三度は繰り返し見てからのことだった。
無理もない。昨日この世界に召喚され、睡眠どころか食事などの休息もろくに取らずに特異点へ強行。魔晶個体と戦闘し負傷もしているのだから、疲れないほうがおかしい。
私と月神舞踏で同身化している間は、主の身体の自然治癒力が高まる。なので、魔晶個体との戦闘による肉体的な外傷は既に治癒しているはずだが、精神的負担は計り知れないだろう。と思っていたが、予想していたよりも主の心的疲労が少ない。
……特異点で魔晶を回収したのち、トレイユ国の王城で僅かながら主と話す時間があった。
その時、次に向かう国であるベロニカについてや、その道程の話などをしたが、一つだけ、どうしても聞いておきたかったことがあった。
――マスターはなぜ、そんなにも急いでチキュウへ帰りたいのですか?
――一か月後にルナちゃんの初ライブがあって、それに参加するためだけど。
今なお端末の中で歌と踊りを披露している少女を見つめる。おそらく彼女こそが、主が敬愛する、白風瑠奈嬢その人なのだろう。
最初に主の返答を聞いたときは、正直、空いた口が塞がらなかった。聞き間違いではないかと三度も聞き返したほどだ。
私にはチキュウの広範普遍的な知識が予め備わっている。『アイドル』という存在についても、この世界の他の人間より理解はあるつもりだ。
しかし、それを踏まえても、アイドルのライブというものが、自身の身の安全や異世界への不安をも超えるほどに優先されるべき事柄とは思えなかった。
思えなかった……はずなのに。
気付けばまた、彼女の歌に耳を澄ませている自分がいる。彼女の踊りに、笑顔に魅せられている自分がいる。
上手く説明できないが、身体の奥底から活力が湧いてくる感じがするのだ。
私自身も、初めての契約から響心魔装としての起動、戦闘と疲労を重ねているはずなのに。
マスターが彼女に惹かれる理由が……少しだけわかった気がした。




