独白⑲
そう告げられると共に、張り詰めていた緊張の糸が緩むのが分かった。今度こそ胸を撫で下ろし、一息つく。
極度の緊張により全身が力んでいたのが、明確に脱力していく感覚がある。しかしこれは、山場を越えたことによる安心感だけが理由ではない。天空神の話の通り、私の中に蓄えられていたマスターの心素が、ものすごい速度で消費されているからだ。
サンファ氏とのエーテルリンクにおける戦闘時でさえ、こうまで疲労はしていなかった。
あの時と今とでは、マスターとの響心率が大幅に上がっているうえ、それ故に私自身に内蔵出来る心素・心技の一つ一つに込める心素の量はぐっと増えてはいるのだが、それでもなお重度の疲労を感じるほどの消費量。
……フィリオール女史の心核汚染薬とやらの浄化には、それだけの心素が必要ということなのか。
深呼吸で少しでも体力の回復に努める。そんな私の疑問に答えるかのように、天空神の声が響いた。
――今我々がいる空間は、地球ともエーテルリンクとも隔絶された亜空間です。魔素を用立てることも、他者の心素を借りることも出来ない。貴方達の心素を借りるしか無いのです
「マスターを救えるのであれば、全力でやって頂いて構いません。しかし、ここは……」
改めて、周囲を見回す。
やはり、前後左右上下と、隙間無く永遠の暗闇だけが存在している空間だ。途方も無く広いのかも、手を伸ばせば壁に触れるほど狭いのかも見当がつかない。落した視線が自分の手を視認することすら出来ない、とこしえの闇。
――ここは、まだどこにも成れていない世界。エルデアースの造り出した、この世とあの世の狭間にある、世界の成り損ない。いえ、とある世界へ至るための架け橋、と言った方が適切でしょうか
「……? あの、仰っている意味が良く」
「分かんねーな。何言ってんだこいつ」
「えっ!?」
天空神の発言が理解出来ず眉を顰めていた私は、真横から聞こえてきた声に飛び上がった。いや、今はどことも知れない闇の中をただ流れ落ちているだけなのだが。重力のある世界に居たら間違いなくそうなっていただろう。
「マスター! お、お身体はもう大丈夫なのですか?」
「まだ頭がガンガン痛いけど……大丈夫だよ。ありがとな、ディアナ。また助けてもらっちゃったな」
まだ本調子といったほどではなさそうだが、暗闇の中すぐ隣から聞こえてくる主の言葉に、安堵感が満ち溢れてくる。私が意識を向けるまでもなく、頭上の狐耳が荒ぶり歓喜しているのが分かる。
良かった……マスターが無事で、本当に。
「い、いえ、私はマスターの響心魔装ですから……あれ」
ほっとして涙ぐみそうになるのを誤魔化していると、ふとした疑問が浮かんで来る。
……私が尽力したのを、知っていらっしゃる?
「……マスター。あの、付かぬことをお伺いしますが、その、先程までのやり取りというか、私がマスターにしたことの経緯などを、えと、覚えていらっしゃったりとか」
「あー……」
おろおろとした私のあやふやな問いに、マスターが煮え切らない反応を示す。どこかばつの悪そうな顔で、明後日の方角を向いている姿が容易に想像出来るようだ……ってそうじゃない。
この反応が何よりの証左ではなかろうか。いやそうに違いない。




