独白⑰
――彼女の心核汚染薬は特効性を持ちます。主と同種の心素である貴方の心素干渉では、排除は望めません
『では、どうすれば……!』
――まずは、主の身体から出て下さい
差し迫った状況化にもかかわらず、淡々と告げる天空神にどこかやきもきとしながらも、私は指示に従った。無限の闇の世界の中、苦しみ呻く主の手を握る形で、マスターの身体から表出する。
――限定魔装の用意を
「はい……次は?」
――主の胸に突き立て、素因排奪を行って下さい
「っ!」
取り出した夜色の短剣を握る手が、その言葉を聞いた途端びくりと固まった。
――出来る筈です。エルデアースの神位魔術師を通し、貴方自身も行使した魔法ですから
そういう問題じゃない。その言葉が出てこなかった。
確かに出来るように思える。身体が覚えているのか、どのように魔法を発動させればいいのか、手順を把握しているのが分かる。
しかし……どうしてもその手段を取りたくなかった。
かつて、サンファ氏の強制力により、マスターを裏切った証であるその魔法を。
私のためらいが伝わったのか、どこか呆れたような声音が再び響く。
――では、別の手段で構いません
「べ、別の手段とは!?」
――主の心核を抜き取れれば、この際手段は問いません。直結より時間はかかるでしょうが、あの人と同じ経路で素因排脱を行って下さい
「あ、あの人と同じ……?」
それが誰のことを言っているのか、一瞬思いつかなかった。しかし、少し考えて、マスターに薬を飲みこませたフィリオール女史のことを指しているのだと思い当たる。
それと同じ手段ということは――
「え、え、え。で、ですが、それは、その。マスターの許可も無くそんな不敬ないえいやと言っているわけではなく、しかし私はあくまでマスターに仕える響心魔装ですからこれは私の手に余る判断と言いますか」
後から思い返すと、マスターの慌てふためく様子にそっくりだったのでは、と自分でも思う。一体誰に向けて何の言い訳をしているのだろうか。
すると、今度こそ呆れた様子を隠そうともしない声音が、ぴしゃりと言い放たれる。
――早急に。直結でないのですから、遅れれば後遺症が残る可能性もあります
冷水を浴びせられたかのように、右往左往していた思考がハッキリと正常に戻る。
そうだ。今マスターは生死の際にある。それを救えるのであれば、手段の如何など問うべきではない……それこそ、夜剣を突き刺しての直結手法をこそ採るべきなのだ。
しかし、それだけはしたくない。もう一度それを行ってしまえば、もう私はマスターの響心魔装だと名乗る資格が無くなる。そう感じる。
ならば、選択肢は一つしかない。
「しっ……失礼します、マスター!!」
意を決し、マスターの手を取っていた左手を話し、右手の夜剣を身の内に納める。
空になった両手でマスターの頬を包み、ぐい、と引き寄せ――唇を、重ねた。




