それは私の残像ではなく相棒です⑧
得も言われぬ威圧感と悪寒が瞬時に全身を駆け巡り、俺は反射的に身を引いていた。
背後のフェンスにぶつかるくらいの勢いで、相対する二人の男性から距離を取ろうとする――
ドッ。
「――え」
しかし、金網に接触するよりずっと早く、俺の背が何かに衝突した。
「んー……こんなモンか?」
それは、煌々と燃え盛る焔の槍を逆手に持ち、振りかぶる男性の胸だった。
穂先の部分がギラリと怪しげに瞬き、見つめていた俺の額目掛けて落下して来る。
思考がスローになる。かつて経験したことがある思考の加速処理とは違う。臨死の状況が故の、走馬燈を思い返すような思考の遅延。引き延ばされた知覚の中で、俺は槍を握る赤上さんの右手をじっと見つめていた。
魔素が、見えない。
サンファをはじめ、エーテルリンクの人間すべてに見えていた、魔法を使う人間であれば遍く全ての人類に宿っていた、身に宿り、循環する魔法の要素。
それが、一切見えない。横槍が入ったとき、気付かなかったのはそれが原因だったのだ。
発動させた炎の槍の魔法には魔素がある。それが分かる。しかし、その放出源である、術者本人である赤上さんには、槍の発動の名残も、おそらく移動に使用したであろう、転移か身体強化の魔法による残滓も、一切確認出来ない。
いったい、どうして。
そこまで思考した俺の目前まで、無情にも槍は迫る。
あと一秒で、仮面を貫く――
『っ、マスター!!』
赤上さんの強襲を防いだのは、明後日の方向に思考していた俺ではなく、ディアナだった。
脳の処理が追い付かない。回避行動すらとれない俺の両脚が、その内を流れる相棒の粒子によって強制的に操作される。着地先も定めないがむしゃらな跳躍が、迫り来る槍の先端を夜色の仮面にこすれる程度に止める。
しかし、穂先はその眼下にある俺の右肩へと向かい、鎧の下にある腕を、皮膚を、筋肉を貫いた。
「――っ、ぐ、ああああ!!」
強引に槍を腕から引き抜き、ドタバタと慌ただしく体勢を立て直す。そこへ、槍を構え直した赤上さんと、遠巻きにその様子を見ていたサンファとが、同時に襲いかかってきた。
『アイツだ……! あの槍、間違いねェ。あの野郎が俺を殺しやがったんだ!!』
赤銅と紅蓮の魔力が四方八方から迫り来る中、ハーシュノイズの叫びが耳に届く。だが、どこか現実味が無いように感じる。それほどに、俺は目の前の現状を受け止めることが出来ていなかった。
おかしい。おかしいことしか無い。
なんで赤上さんが魔法を使える?
サンファの仲間のような行動を取る?
いったいいつから俺たちの様子を窺っていた?
何が、どうなってるんだ。




