金・三・響⑭
氷漬けていた遺体をいつの間に回収したのだろう……神ともなればそれくらい朝飯前なのかしら。
そんなことに思考を回しているアタシの前で、エアリベル……様は、もう言葉一つさえ発さない褐色の男性の遺体を眺め、スッと目を細めた。
「ご覧」
ほんの一瞬だけ、悲愴な視線で青年に触れた後、エアリベル様はその遺体を地面と垂直になるように動かした。破天風来の胸元にぽっかりと空いた穴が、アタシたちに見えるように、遺体がゆっくりと傾く。
その傷穴を目にしたフレア様が、またも息を呑んだのが、アタシには分かった。
「その、傷は……!」
「うん。キミなら分かるだろう、天壌紅蓮。神位の魔素に包まれたジフの肉体を易々と貫き、内側の臓器を跡形も無く完全に消滅させる程の火力。そんな炎を操ることが出来るのは、アースガルズしかいない」
「お、おいおいおい……それはつまり、炎闘神は今、チキュウにいるということ……なの、ですか!?」
イルミオーネ様の驚愕に満ち、神様に対しギリギリ敬意を払った言葉が飛び出した。
「そうだよ」
「な……ど、どうやって?」
「手段は重要ではないよ、トレイユの若き女王。どうあれ奴は今、そこの二人の客人の世界、地球にいる」
戸惑うイルミオーネ様を、人差し指を立てたエアリベル様は優しい声音で諭す。
そのあと、再び破天風来の遺体に向き直ると、両の手を持ち上げてその肉体にかざした。
すると、破天風来の肉体が黄緑色の帯へと変わり、瞬く間に解けて空中に溶けてしまった。どこかで見たことがあるような既視感に襲われ、少し考えてから思い当たる。ディアナやグゥイさん、響心魔装が変身する時の帯に似ているんだ。
帯は、あっという間に薄く、長く、広く拡大していき、やがて透明になって空気の中に消えた。
全ての帯が消え去った後、激しい一陣の風が、神殿奥から入口へ向けて駆け抜ける。
「おやすみ、ジフ。また一緒に空を駆けよう」
まるで親の都合で遠方へ引っ越す友達に呼びかけるような、そんな口調でエアリベル様が去り行く風に言葉を贈る。その様子を、フレア様以外の全員が怪訝な表情で見つめていた。
「アレが、神位魔術師の最期であり、絶対の使命だ」
名残惜しい様子のまま沈黙を保つエアリベル様に代わり、フレア様が口を開く。
「使命……?」
「神位魔術師とは神から授かる称号というだけではない。次代の神になる役目を負った魔術師、神の後継ぎのことでもあるのさ。来るべき時が来れば、神位魔術師の魂は神の精神体へと昇華し、遺された肉体は、エーテルリンクを支える礎となる。礎になるというのはつまり、その神が司る概念になる、ということだ」
っていうことは……今、破天風来の肉体は、エーテルリンクに吹く風になった、ってこと、でいいのかしら。




