金・二・災⑬
果たして、一方的に主従関係を破棄することが可能なのか、そういう疑問はあるけれど、グゥイさんの様子から、それが間違いじゃないことは分かる。
そしてそれはつまり、本来の狙いだった、生命回路を通しての呼びかけももう効果が無い、っていうことだ。
暴走したまま意思の疎通が出来ないフレア様。
今もなおガランゾ中に燃え広がり続ける焔。
この両方を食い止めるには、国中に及ぶ広範囲で、かつ神位魔術師が行使するレベルの魔法か、あるいは心技が要る。そのどちらも、アタシには使え、ない――
そう思ったとき、アタシの頭の中で、ある記憶がフラッシュバックする。
――やぁーっかましい!!! 誰だ、傾国魔法なんぞ使ってるのは!!!
耳をつんざいたその声を思い出した。
フレア様にそう叱られたのは、いったいいつのことだったか。
……もう遥か昔のことのように思えるけれど、まだあのときから一ヶ月も経ってないのよね。
意識せず、自分の首元に手を当てているのに気付く。
出来る、かな。
……ううん。無茶したって、やらなくちゃ。
キッと唇を引き結び、喉を鳴らして唾を飲み込む。頬を流れる汗もそのままに、瓦礫の山を見上げた。
「……アイリス様?」
「ちょっと、頑張ってみます。あんまり自分から言いたくないんですけど……耳、塞いでおいてくださいね」
こんな状況下に全っ然そぐわない精一杯の笑顔を作って、片目を閉じる。
身体強化の魔素を全身に通して、アタシは地面を蹴った。翡翠色の結界で火焔体の怒涛の炎魔法を防ぎ続けるイルミオーネ様の背後に構える。
「どうだ!? 何か良い案は出たか!?」
「ダメ、みたいです。フレア様との生命回路が切られてしまったって」
「ハァ!!? 可能なのか、そんな所業が!?」
『わーお。神位魔術師ともなるとー、やることが違いますねぇー』
「おいおいおい、じゃあ、どうすると言うんだ!」
「……アタシが、やってみます」
「笑えない冗談はよせ! 貴様が定位魔法さえ満足に使えないことは聞いている! この場において、有効打になるとはとても」
「大丈夫、です。きっとイケます」
「――フン。いいだろう。この舞台、貴様に譲ってやる」
『おおー。陛下が引くなんてめっずらしぃー』
「うるさいぞ! ……最後に土産をくれてやる。その隙に入れ替われ!!」
「はい!」
「穿孔錘・壕破!!」
視界を埋め尽くす紅蓮の焔が途切れた一瞬、突き刺していた碧槌をイルミオーネ様が引き抜き、先端を突き出した。属性究極化の効果を宿す巨大な岩石の三角錐が、周囲に砂嵐のような波動を纏って火焔体に迫る。
フレア様の火尖槍・嵐燎纏と似て非なる魔法。
初手に放った岩石弾同様、効果的なダメージは無いみたいだが、その大規模な魔法が火焔体の勢いを僅かに削ぐ。
「任せるぞ!」
頷いて返すと、イルミオーネ様が飛び降りた。
瓦礫の山の上に、一人取り残される。火焔体の視線がアタシだけに降り注ぐ。
めっちゃ緊張する、けれど。
両の頬をはたく。
ただ一人の観客を見据える。
瓦礫の山の上で、呼吸を整える。
……さあ。
「――アタシの歌を、聞きなさいっ!!」




