金・二・災⑨
「お鎮まり下さい! 何かの御事情があったのだろうことは重々承知しております――ですが、街を、国を、民を焼き滅ぼすことが、貴方様の本意である筈がありません!!」
火焔体はわなわなと紅蓮の身体を震わせ、苦しみに耐えているように見える。
もしかしたら今攻撃を行えば、効果的なダメージを与えることが出来たのかもしれないが、激昂させてしまう可能性もあった。アタシも、リーも、静かにグゥイさんの言葉の続きを待つ。
「抱えるものがあるなら、どうぞこのグゥイめにお話しください! 私は、貴方の、響心魔装ではありませんか――」
胸に手を当て、悲痛さすら感じ取れる迫真の感情で、グゥイさんが叫んだ、そのときだった。
両手らしき部位で頭を抱えていた火焔体が、手を振り払って大きく天を仰いだ。
単眼は苦しみのためか細められ、口のような部分は限界まで開かれている。その身を襲う苦しみに耐えかねて叫んでいるように、アタシには見えた。
実際には叫び声なんて上げてはいなかったんだけど、周囲の空気を目には見えない圧力がけたたましく振動させる。超音波のような、ある意味攻撃とも言えるその振動に、アタシは思わず、その場で両耳を押さえて身体をくの字に折った。
次の瞬間。
「っ!?」
グゥイさんの眼前。何もないはずの空間に、突如光り輝く帯のようなものが出現した。
アタシがその存在を視認した途端、帯は急速にその輝きを弱らせ、焚き火の薪が爆ぜるように砕け散った。
「――え」
グゥイさんの、信じられない、という感情がありありと浮き彫りになった顔が、遠目のアタシにもくっきりと見える。
そして、それを待っていたと言わんばかりに、火焔体が体勢を立て直した。
どこか薄笑いを浮かべているようにも見える単眼が改めてグゥイさんを映し出し、だらりと垂れ下がった両手の指が、名工の魔剣の如き鋭さを宿し、その周囲に猛る焔を纏わせる。
見覚えがあった。あの魔法は、かつてフレア様が得意としていた魔法。
焔で出来た槍に、嵐の如き火炎を纏わせて放ち、敵とその周囲を蹴散らす魔法。
火尖槍・嵐燎纏。
突き出された火焔体の十指から、紅蓮の嵐纏う槍が解き放たれる。そしてその全ては狙い違わず、瓦礫の上で立ち竦む執事服の女性目掛けて空中を走った。
「レイシー!!」
グゥイさんの危機を悟ったリーが、常人ならざる速さで焔の槍を追って地を蹴った。
けれど、とても間に合わない。槍との速度はせいぜい互角。追い付けはしてもその先にいるグゥイさんを逃がすことまで出来はしない。
どうすれば。判断に惑うアタシの視線の先で、翡翠色が眩く煌めいた。




