新しい指針⑤
李の身体から溢れ出る心素が、呪詛にも似た効果を伴って周囲の空気を汚染し始めている。
何も知らない人がそこにいたら体調不良を訴えるだろう。
所構わず垂れ流す心素を、李は再び自身へと集め始める。俺はそのタイミングを見計らい、
「ディアナ! リラ!」
『はい、マスター!』『いえす……マスター……』
二人の相棒に呼びかける。俺もまた、己のありったけの心素を集め、収束し始める――
「ちょ!? 何やってんのよユーハ――!?」
遠方で、ルナちゃんの手により拘束を脱したアイリスが頓狂な声を上げる。
それもやむないかもしれない。
なにしろ、今の俺は一見、月神舞踏を解除した生身の姿に見えるだろうからな。
だけど実態はそうじゃない。よーく見れば、感じれば分かるはずだ。俺の身体の内側に、ディアナたる粒子の気配が薄く充実していることに。
ディアナは、月神舞踏は進化した。全身を覆う鎧という形にとらわれず、俺の身体の内側に必要なだけの粒子を満たすというやり方で、鎧の月神舞踏時と同等の運動能力を保持したまま、鎧展開に回していた分のリソースを、他のことに活用することが出来るのだ。
では、一体何に充当するのか。
その答えは、俺の右手を見ればわかる。
先程までリラたる桜色の短剣を握っていた……剣刃を桜のラインで縁取る、夜色の刀身を持つ短剣を握り締めている、右手を見れば。
『転換、完了しました』『……いつでも、オッケー……』
二人の相棒の声が、右手の短剣から響き渡る。
その短剣は、リラの時の肉厚な刀身とは異なり、細身な刀身を持つ、ディアナたる夜剣に似た意匠をしている。その刃の背中辺りの空中に、三日月を細くしたような形の二枚の桜色の刃が、主に付き従う従者のように静かに漂っていた。
名付けて、夜桜モード。
ディアナとリラ二人による、新たな魔装形態。
俺の心素を一度ディアナへ注ぎ込み、響心魔装としての、心技発動へのエネルギー転換を行ったうえで、今度はその全てをリラに集約させる。
ディアナとリラそれぞれで心素を消費するのではない。
一極集中。次の一撃で、極限まで研ぎ澄ませた心素を解き放つための魔装形態。
李ほどの相手に対してあの技を放つには、この形態が最も適している。
地を蹴る。またも暴走状態に陥り、予期せぬ反撃を受けてしまう前に。
一瞬戸惑った表情を見せたが、俺を排すには充分過ぎるほどの心素を込めた拳で、李が迎え撃つ。
「崩拳――!!!」
先日、黒刺夢槍を爆発四散させた、絶後の威力の拳が、撃ち出された。




