完成形は分かるけど到達までが不明なタイプの修行パート⑩
「と・こ・ろ・で! ね、悠くん。お願いがあるんだけど」
後ろ手を組んだまま上半身を傾け、ルナちゃんが顔を寄せてくる。
近い近い近い近い!!! ああクソ顔が良いなこの子は!!!
「な、なにか?」
「敬語、やめて? さっき、霊視の話をしてくれたときは、普通に話してくれてたじゃない」
「え、いやでも」
そのときはついって言うか。敬語で推しに接するのは俺の中での線引きって言うか。
「いいから! ね? 私も、悠くんって呼ぶから! ……もう呼んじゃってたけど!」
「わ、わかりま……分かっ、たよ」
そう言い、無邪気に舌を出して見せるルナちゃんを、もう俺にはこれ以上拒むことは出来なかった。
意志薄弱と笑わば笑え。推しアイドルにお願いされて頷かないファンがいるだろうか。いやいるまい。
「うんっ。これからお世話になるんだし、敬語だとやり辛いもんね!」
「うん……うん? 今なんて?」
観念したように首を縦に振った俺を見て、ルナちゃんが満足そうに微笑む。
その笑顔を見れただけで頷いた意味があるってもんだ、うん……と思った矢先、不穏な発言が彼女から飛び出す。
ん? え? 今なんて言った? これからお世話になる?
誰が誰に?
「あれ、ディーちゃんから聞いてないの?」
「え、ディアナから?」
何故ここでディアナの名前が。ともあれ、李のことがあったせいで、奴に関すること以外の話はほとんどする余裕が無かった。
「んー、そっか。じゃあきっと、詳しいことは後からディーちゃんと、アーちゃんが話してくれると思うけど――」
「マスター! 申し訳ありません、寝過ごしてしまって……マスター?」
「……なんか……ぼーっとしてる……?」
夕陽が沈み切る間際。一人川を向いて棒立ちしていた俺に、二人の相棒が語り掛ける。
しかし俺はその声に答えられずにいた。
ドクン、ドクンと、胸の内で強く脈打つこの『熱』を、抑えようと必死だったから。
「ディアナ。リラ」
「! はい!」「いえす……マスター……」
短く呼びかけた言葉だけで理解した二人が、瞬時にその身を変じさせる。
瞬く間に俺の身を夜色の鎧が包み、右手に桜色の短剣が納まった。
地を蹴る。
川の上空に躍り出て、イメージの敵影……李の虚像を目の前に顕す。
先日味わった通りの鋭い動作で迫りくる虚像に向け、俺は腰を沈めて短剣を構えた。
虚像とはいえ、今にも攻撃を繰り出そうとしている相手を前に、俺はふと目を閉じる。
思い返す。さっきの言葉を。
『こ、これは……!?』
……あの時もそうだった。初めてルナちゃんと出会った時も。
あの時も、塞ぎ込んだ俺の世界を変えてくれたのは、彼女だった――!
『……すごーい……!』
目を開く。右手に宿る『熱』を、その熱が伝わった霊剣を、勢いのままに振り抜く。
迸った十字の斬撃が、虚影の李を蹴散らし、川面の水を凄まじい轟音と共に爆発四散させた。




