コンクリ<鉄<<<<<拳くらい強い⑤
『かーさまから……離れろっ……!』
桜色に煌めく五枚の刃が、旋回しながら李の頭上から迫る。
狙われている張本人である老人は、実に鬱陶しい、とでも言いたげに目線を上に向けた。
「リ、ラ……!」
よせ! 戻るんだ!
叫ぼうとした忠告は、甚大なダメージを残す肺に多量の空気を吸い込んでしまったことによる咳で、言葉にならない。
母と呼び慕うアイリスを傷つけられたことで激昂しているらしく、生命回路を通した意思での呼びかけにも、刃の少女はまるで応じない。
ダメだ! こいつは、この男は、俺たちには止められない……!
戻れ! お前まで傷つくことは無い!
そんな俺の必死の思考も、第二の相棒の接近を止めるには至らなかった。
不意打ちでも何でもない、あまりにもまっすぐな素直過ぎる軌跡で、桜色の刃の一枚が李の腕に切りかかる。
く、そッ……!!
俺は力の入らない腕を地面に付き、ガクガクと肘を揺らしながらも強引に身体を起こした。
肺と鳩尾の激痛に涙が滲む。そんなぼやけた視界に写ったのは、五枚の内二枚の刃が、情け容赦ない鉄拳で砕かれる瞬間だった。
「止め、ろぉぉぉっ!!!」
……何のことは無い。俺も冷静じゃあいられなかった。
目の前でみすみす友人を殴って気絶させられ、相棒を砕かれその痛みが伝わってきて、とうとう俺も戦略というものを放棄してしまった。
つい今しがたリラへそう思ったにもかかわらず、暴走する感情に身を任せ、そのまま李に向かって手を伸ばす。
『止めなければ』。『これ以上の暴虐は許さない』。
全身の痛み。目の前の凶行。情報過多に溺れそうになる脳内を、ただその感情だけが支配し、激痛を訴える身体を動かす。
そして――そんな向こう見ずな突貫は、武術を極めた達人には格好の餌食でしかなかった。
作業の一環とでも考えているかのように、容易く三枚目のリラの刃を砕いた後、李は、伸ばした俺の右手を自身の左手で掴み、引き寄せた。そのまま空いた右掌を、力強い踏み込みと共に俺の顔目掛けて振り下ろす。
「劈」
その呟きを引き金に、顔面に受けた掌打が、物理的な打撃と爆発的な心素とを織り交ぜた、暴力的なまでの衝撃を生んだ。
究極まで練り上げられた心素は、人体を破壊するに充分な衝撃を、頭から足の爪先まで余す処無く伝動し、かすかに残された俺の体力を根こそぎ刈り取る。
月神舞踏として纏う、夜色の仮面の内側。常日頃から掛けていて、エーテルリンクの戦いの中も無事だった俺の眼鏡が、あたかもダメ押しとばかりに、ブリッジの部分から真っ二つにへし折れた。
『マスターッ!!!』
脳内に響いた、相棒の声に答えるだけの余裕も無い。
今にも手放しそうな意識の端、俺はふらふらと中空に左手を彷徨わせ、そのまま前のめりに倒れ込んだ。




