嵐に宵闇咲く④
ボクシングのアッパーに似た軌道の拳を受け、くの字に折れ曲がった身体が空へと打ち上がる。
俺は激しく咳き込んだ後、さっきと同じように、縦に反転して体勢を立て直した。そのまま無人の屋上に着地し、再びゲホゲホと荒い息を吐き出す。
そこで気付く。
あれ、俺、月神舞踏になる前、どうやって姿勢制御したんだっけ?
グラウンドのど真ん中から校舎目掛けて投げ飛ばされ、無我夢中で身体を動かし、俺は学校の固い壁になんとか着地した……でもそれは、ディアナが夜剣のままだった時だ。
空中で身動き出来ない筈なのに、そのまま飛んで行ったら背中から激突するような姿勢だった筈なのに、俺はどうやって足から着地した――?
『マスター!』
戦闘中だと言うのに、突如生じた疑問に思考を支配されていた俺は、相棒の切迫した叫びで我を取り戻した。
見ると、屋上に立つ俺を校舎ごと取り囲むように、無数にある黄緑色の鎖が、周囲の地面から天へ向かって伸びている。
間違いなくハーシュノイズの魔法だ。迎撃、ないしは回避をしなければ。
そう思い、両の足に心素を送り込んだ瞬間。
「遅えッ!! 天秤鎖縛ッ!!!」
屋上より遥か頭上で、彼の神位魔術師の式句が轟く。俺がハーシュノイズの声に一瞬気を取られ、迎撃や回避への対処が遅れた僅かな間に、黄緑色の鎖が一斉に俺の身体を貫いた。
先端に鋭利な三角の矢じりがあしらわれた鎖は、微弱な電撃を宿し、俺の全身をくまなく縫い止めている。動かそうと力を込めるも、どの部位だろうと等しくビクともしない。
「く、そ……!」
貫かれた部位に痺れを感じはするが、痛みは無い。攻撃じゃなく拘束の魔法か。
俺が微動だに出来ないことを確認したのだろう、ハーシュノイズがゆっくりと屋上に降り立ってきた。
その目は、拘束の魔法が上手く嵌ったことによる喜びに満ちている。
「ようやく大人しくなりやがったか、手こずらせやがって! ガキとはいえ、神位の端くれだけのことはあるじゃねーか。最初からその姿で来ていたら、もう少し遊べたかもな」
「な、にを、言って……」
「ハッ! ンだよもう全身が麻痺ってキたのかよ!? じゃあコレで終わりかもなァッ!」
よく分からないことを口にする青年は、右掌を広げて天に向けたかと思うと、風と雷の魔素を集束させ始めた。その密度は尋常でなく強く、小さな掌に、未だグラウンドで吹き荒れる嵐と同じか、それ以上の魔素が圧縮されていく。




