憂鬱な金曜日⑨
『なあ、君だよそこの眼鏡の少年! 俺の声が聞こえていないか? 俺の姿が見えていないか? 俺には分かるぞ。君の魂の器が誰より大きいことが!』
なに、いってんだ、こいつ。
……この幽霊、正確には顔全体が無いのではなく、鼻より上の部分が霞のように極端に薄くなって、そのまま背景が透けて見えている感じだ。アニメなんかで透過加工を施されているキャラのように、目と頭部だけがとにかく薄く、そこだけまるで視認出来ない。
だから口はあるんだが……まさか、俺に話しかけてくるなんて。
予期せぬ事態を不意打ちで畳みかけられ、俺の脳は完全にフリーズしていた。
予想だにしていなかった……忘れてしまっていた幽霊の発見。
そいつが俺に声をかけてくるとかいうかつてない事態。
しかも、俺が自身の存在を認識していると見抜いているかのような物言い。
……無視。ムシムシのムシだ、こんなやつ!
俺は心の中で気合を入れ、全神経を足だけに集中させた。張り付いたようにその場で沈黙していた足を、かつてスプリングロードゥナに一人で挑んだ時にも似た意気込みを込めて持ち上げる。
『あ、待って! 頼む、君しかいないんだって! ちょっとでいいから俺の話を――!』
必死さの色を増した声を耳にしたまま、人目も憚らずに俺は商店街を全力ダッシュで脱出した。
『ま、マスター。大丈夫ですか?』
「あ、ああ、うん……なんか、どっと疲れたな……」
商店街のアーケードを抜け、俺は民家のフェンスに手をかけ、荒れた呼吸を整えた。
急に駆け出した俺を気遣う相棒の声が、心に沁みる。
……久しぶりに怖かった。幽霊を見てここまでの恐怖を味わったのは、何気に初めてかもしれない。
今まで話しかけてくる奴なんていなかったし、明確に自我がある幽霊を見たこともなかったしな。
『それにしても……あの声は何だったのでしょうか。若い、男性のような声音でしたが』
「え」
相棒のふと呟いたその言葉に、俺は眉をへの字に変な声を出してしまった。
き、聞こえてたのか? ディアナにも今の声が。
脳内で呼びかけると、銀白の少女が首を縦に振ったのが雰囲気で伝わってくる。
『声だけが聞こえてきた、といった程度ですが、聞こえておりました。アレが、マスターが普段目にしていた、幽霊というものなのですね』
「そうだ、な……本当に、久しぶりに見たよ」
『あの、音楽店の手前にいたのですよね』
え、姿まで見えてたのか?
『いえ。姿までは……ただ、そこに魔素のような何らかのエネルギーが、濃くたゆたっているのは分かりました。マスターへ声をかけると同時に揺らめいていたので、おそらくマスターのお話していた幽霊がコレなのでは、と』




