憂鬱な金曜日⑧
通勤通学の時間帯ということもあり、それなりに人通りは多い。主に交通機関の駅やバス停に向かう人が多く、そんな客層をターゲットとしたコンビニなどが今は営業している。俺自身は特にコンビニに寄る用事もないので、人の出入りが激しい自動ドアを横目に通り過ぎる。
帰宅するような時分になると、八百屋や喫茶店なんかも開店しているが、今はそれらの店舗のシャッターは下りたままだ。俺がルナちゃんと出会ったCDショップもまた同様で、開店準備の店員の姿も無い。
『マスター。以前伺っていたお店とは、あそこの』
ショップの外観を見つけたディアナが声をかけてくる。彼女には以前、俺がルナちゃんと出会った時の話をしているから、あのショップがその店かと確認しているようだ。
「そうだよ。あのCDショップこそが、俺とルナちゃんの運命の出会いの場となった――」
大仰に右腕を広げて、お客様を促す店員のような仕草でそこまで口にして、俺は息を呑んだ。
CDショップの入口である自動ドア。今は店の内側にブラインドが下り、一見して開店前であると分かるそのドアの前に、一つの人影があった。
糊のきいた白いワイシャツに爽やかな水色のネクタイを締め、濃いグレーのスラックスを身に着けている。シャツは肘の辺りまでまくり上げられており、初夏の訪れを感じさせる。まだ年若と思われる会社員の服装だ。
その、社会人数年目、といった風体のサラリーマンには……顔が無かった。
幽霊だ。
「……っ」
言葉に出来ない感情が脳内と胸中を駆け巡り、全身の血の気が引いていく。
唐突に思い出した。これが俺の見ていた光景だったのだと。
『マスター?』
言葉半ばにして黙り込んだ俺を心配して、ディアナが様子を窺って来る。
俺はゆっくりと、だが不自然になりすぎない程度に深呼吸をし、息と心拍数を落ち着けた。
「なん、でもない……早く行こう」
身体中に冷えた血液が流れ、頭も冷え切っていくと言うのに、心臓の動悸だけがどんどん早まっていく。
幽霊を目にすることの無かったエーテルリンクでの一ヶ月は、俺の思った以上に、無意識化のストレスを和らげていてくれたらしい。再び目にした時の耐性がこんなにも無くなっているなんて思わなかった。
ディアナへのCDショップの紹介もそこそこに、その場を早急に去るべく足を急がせる。
別に俺からも、向こうからも干渉されることは無いのだが、それでもこの落ち着かなさを早く解消したい。
そう思い、ショップごとその幽霊の前を思い切って通り過ぎたときだった。
『――あ! ま、待ってくれ、そこの少年! ちょっと俺の話を聞いてくれないか!?』
その幽霊が、俺の背中へと叫びかけてきたのは。




