女王と女王と少女魔装②
地球は日本の一角にあるマンション。そのとある一室で、二人の少年少女による枕争奪戦が勃発せんとしていた頃から、ほんの少し時は遡り――
エーテルリンク、トレイユ国の王城内。一見何の変哲もない木製の扉の前に、一人の女性が腕を組んで仁王立ちしていた。
長い黒髪を閃かせる女性の名は、フレア・ガランゾ・スプリングロードゥナ。
魔法が発展したこの世界において、神位魔術師と呼ばれる最高峰の実力を持つ魔術師の一人である。
そんな彼女が険しい視線で睨みつける木製の扉は、この国トレイユ王家直属の魔術師にして、彼女と同じく、神位魔術師と称される男の私室の扉だった。
「…………」
組まれた二の腕を、人差し指がせわしなくトントンと叩き続けている。表情も険しく、傍目にも苛立っている様子なのが窺えた。
というのも、目の前の扉……トレイユ王城内に誂えられた、サンファの工房の扉が微動だにしないからだ。
いや、更に言うなら、その扉を開くべく格闘している二人の少女に対して、だろうか。
「おい、そっちの穴じゃないか?」
「違いますよぉー。こっちは引っかけで、その奥の溝に通してからぁー、こうして手前にぃ……あるぇー」
「あるぇー、じゃないだろ馬鹿ダリア! 三手前に戻ってしまったじゃないか! ……いや、四手前? もしや五手前か???」
扉にかじりついてぶつぶつと呟いているのは、この国トレイユの若き女王、イルミオーネ・トレイユと、その響心魔装たる翡翠髪の少女、ダリア。
二人の少女が格闘しているのは、サンファの工房を固く閉ざしている扉に施された、複雑難解に絡み合った『鍵』であった。
その『鍵』は、マスターキーとして用意されていた金属錠を捻ると共に、鍵穴が変形と膨張を繰り返して出現した。この事態に何より驚いたのが、マスターキーをサンファ自身から預かっていたイルミオーネその人であることは言うまでもないだろう。
『鍵』は魔素を帯びた金属から成り、鍵穴に刺し込まれたままのマスターキーを、小さな金属の迷路に閉じ込めたような形で停止した。
地球に存在する玩具の一種、知恵の輪にも似た仕組みのそれを見たスプリングロードゥナは、おそらく、マスターキーを引き抜くことで開錠されるのではないか、と当たりを付ける。
さっそく取り組もうとした黒髪の女王を、イルミオーネが引き留めた。
己が雇用する魔術師に謀られたのが気に食わなかったのか、知らなかったとはいえ開かずの扉に変形させてしまった負い目なのか。イルミオーネは、「ここは私に任せろ」と言い放つと、回れ右をしてその場を去ろうとするダリアの襟首を掴み、勇ましく鍵の迷路へと立ち向かった。
それが今から三十分ほど前のことである。




