金・三・到
「い、いよいよ開演五分前か……サイリウムよし。コールのタイミングよし。タオルよし。水分よし……」
「ええいさっきからうっとしいわね! いい加減落ち着きなさいよ! あそこの前列の男の人みたいに腕組んでどっしりとして、歴戦の勇士みたいな面構えで待てないワケ!?」
「あ、アイリス様、声を抑えて……! 周りの方々から剣呑な視線が向いています……!」
「はぁーあー、何が楽しくってこんなところにいるんだか……」
「スマホの電源は切ったな、よし……あとは……サイリウムよし、コールのタイミングよし……」
「マスター。マスター、最初に戻っています」
「え? あ、ああ、そうか……いやでも念のためもう一度」
「アンタ、次それを繰り返したらそのバッグぶんどるわよ」
「もう充分だな、うん」
「ったく……いいから黙って待ちなさいよ。アタシの親友の晴れ舞台よ?」
「親友、ねぇ。わずか数ヶ月共に過ごしただけじゃないか。向こうも君のことなんか忘れてるんじゃないのかね」
「ふふん、この三日でサンファ様の軽口にも大分慣れてきたわ。そんなことありませんー。アタシとルナはどっちが先にトップアイドルになるか、競い合うことを誓った仲なんですもの!」
「あっそうだよお前さ、そういうことは先に言っといてくれよな! もっと早いうちから聞いてれば、旅の道中ルナちゃんのことをもっと知ることが出来――いやでも待て。公式が公開してない情報を許可なく関係者から得るのはファンとしてどうなんだ……?」
「マスター、マスター。何やら音が響いています。お腹にどんどんと響いてくるようです。あれは何でしょう」
「チキュウの拡声機は随分重たい音を鳴らすんだねぇ。なるほど、開けた場所でも四方から鳴らすことで効果が高まる……ふむふむ」
「ちょっと、よからぬ考えは止してくださいよ。アタシも登録してあるんだから、いつでも首輪閉めますからね」
「おいおいやめておくれよ。もう僕が大人しくなったのは、この三日、素直にこーる練習とやらに応じたことで理解してくれているだろう?」
「その真価が問われるのはこの後だぞサンファ……ん? あ、悪いディアナ。何か言ってた? もう一回いいか?」
「い、いいえ、何でもありません! あ、そ、それよりもマスター、音楽が変わりましたよ」
「来たわね――」
――イントロが流れ始める。はじめは静かに……少しずつ大きく、勢いを増して。
ステージが光に照らされ、そこに一人の少女が姿を現す。
栗色の髪に人懐こそうな瞳は、あの頃とちっとも変わらない。
観客たちが湧き立つ。広場が一斉に、一瞬でライブ会場へと移り変わる。
少女は、観客たちを手前からゆっくりと奥まで見て……その途中、一瞬だけ、こちらを見て視線を止めて……また、一番奥の奥まで、隙間なく目を向けていく。
ユーハと、ディアナが、両の手に握ったサイリウムを振り上げ立ち上がり、歓声を上げる。サンファ様がやれやれと肩を落としながら、やや気力無さげに片手を持ち上げる。
アタシもまた、席を立った。壇上の少女を、やや遠く離れたところから、じっと見据える。
――見せてもらうわよ。あなたの努力の成果を。
ステージでマイクを握る少女が、弾けるような笑顔で片目を閉じ、告げる――




