魔晶個体には魔剣少女⑪
眼下に見える首長竜の姿を一瞥し、空中で身を縦に翻す。竜のもとへ一直線で向かえるような位置に、跳躍の魔法陣を展開。
直後、再度超跳躍を発動させる。あたかも黒い雷の如く、空に一筋の黒線を描く。
上空より一気に距離を縮めることで、湖による隔絶も無問題だ。
施設を脱してから一分も経たぬ間に、自身を吹き飛ばした憎きあんにゃろうの眼前に躍り出た。
意図せず浮かべた不敵な笑みに口角が上がり、そんなつもりもなかったのに俺は竜に声をかけていた。
「――よう」
刹那よりも短い時間、俺と竜の視線が交錯する。
そして、直感にまかせて振り抜いた俺の拳が、絡み合った視線を途端に散らした。
竜の巨体が大きく揺らめき、その右斜め後方に傾いた。前足の辺りまでが水面から浮かび上がり、そのまま水しぶきを散らしながら倒れこむ。
おいおいマジかよ。
パンチ力ありすぎんだろ。
その威力に、ひいてはそんな威力を俺に出させた異世界召喚による特典とディアナの強化スーツ効果にビビりつつも、竜への警戒は緩めない。
またビーム食らったらたまんないからな。
案の定、まだ勝敗は決していなかった。静かに水底に沈んでいくかに見えた竜の身体が、明らかな敵意――いや、もはや殺意とまで表現していいだろう。そんな気配を漂わせながら、三度俺の前に屹立した。
崩壊した施設の壁から見えたときの、静かに秘めた敵意を宿す眼差しとは違う。その面立ち全体から、明らかな害意が伝わってくる。その意志すべてを収束したかのような双眸が、鋭くも邪悪に歪んでいる。
水面すれすれの位置で魔法陣を展開し、その場にとどまりながら、俺はその殺意を全身にピリピリと感じていた。
こんな感覚は初めてだ。
誹謗中傷や陰口の類いはそれなりに経験してきたし、いわれのない暴力も身に受けたことはあったが、今にして思えば、あれらの感情は先ほどまでの竜の「自身の領域を侵す存在の排除」に近いのかもしれない。
ということは、流石に、殺すとまでは思ってなかったってことか。あいつらも。
こんなことに、まさかこんなところで気付くとは思いもしなかったわ。
「……あーあ。また嫌なこと思い出しちまった」
『マスター? いかがされましたか』
脳裏に鈴のようなディアナの声が響いてハッとした。しまった。今俺は一人じゃなかった。
独り言も自重しないと、また奇異の目で見られかねない。気をつけねば。
「なんでもない」
ピシャリと一言言い放ち、かぶりを振って意識を切り替える。
今すべきは、目の前の怪物の対処。
余計なこと思い出しちまったからな……そのことも、急な召喚とか、人の話聞かない異世界権力者どもとか、諸々のストレス、全部ぶつけさせてもらおうじゃんか!




