天壌紅蓮 対 皇煌宝珠⑥
「何を世迷言を――ッ!?」
決め手に欠けるのは、魔素が残り少ない貴様も同じだろう。そう言い返そうとしたイルミオーネの目の前で、スプリングロードゥナの身体に、紅蓮の炎が纏わりついた。
幾重にも螺旋を描く紅蓮の帯が、竜巻のように回転しながらスプリングロードゥナの足元から吹き上がっている。
攻撃ではない。炎が周囲に燃え広がる様子は無い。
なのに――なのに、この壮絶な不安感は何だ!?
ただ吹き上がる炎を遊ばせているだけのスプリングロードゥナを見ているだけで、何故、こうも全身が警戒信号を発している!?
強張った身体のまま黒髪の女王から目が離せないイルミオーネの脳内で、碧槌と化している少女の声が響き渡った。
『んー……陛下ぁー、あれ、止めないとマズいかもですねぇー』
「ダ、ダリアか!? 奴が何をしようとしてるか、分かるのか?」
『そんなのぉー、分かるわけないじゃないですかぁー』
「おい今はおふざけに付き合ってやる余裕は無いんだが!?」
『分かるのはぁー、あれをされるとわたしの攻撃も通らなくなるかも、ってことだけですぅー』
「なにっ……!?」
相方の警告に従い、碧槌で殴りかかろうと己を鼓舞するが、身体が動かない。
まるで、何か途轍もなく高位の存在に相対しているかの如く、謎の威力に中てられたかのような――
歯噛みしながらも睨み続けることしか出来ないイルミオーネと同じように、周囲を取り囲んでいた兵士や魔術師たちも、皆一様にスプリングロードゥナを見つめることしか出来ずにいた。
畏敬の念を抱きながら、その場の全員が視線を注ぐ中、スプリングロードゥナが告げる。
「自称神位魔術師、皇煌宝珠イルミオーネよ。周りのお前たちも、よく見ておくがいい――これが、神位魔術師たる存在だと!」
その言葉と共に、スプリングロードゥナを取り巻いていた火炎が急速に勢いを増し、その全身が炎の竜巻に覆われて見えなくなる。熱された空気が一気に外側へ伝わり、たまらずイルミオーネは目を背けた。
「くっ……! いったい、何が……」
二、三度の瞬きののち、スプリングロードゥナがいた場所へ視線を戻す。
そこには既に、吹き上がる炎の竜巻は無かった。
――そこにいたのは、全身を紅蓮の炎で彩る一人の女性。
長い黒髪は真紅と白熱色に染め上げられ、髪の先から火花がはらはらと零れ落ちている。
身に纏っていた黒のマントやロングスカートさえも赤々とした焔と化し、動くと同時にはためいているのが分かる。
そして、見ているだけで伝わってくる、言い表しようの無い荘厳な威圧感。
それはあたかも、神と向かい合っているかのような――
「神装神衣、『天壌紅蓮』」
周囲の視線を一身に受け、今、その身を焔そのものへと変質させた存在は、穏やかにそう呟いた。




