魔晶個体には魔剣少女⑨
『チキュウの知識は一通り叩き込まれておりますので。……それでは、月神舞踏へ移行します』
あれ? 今俺口に出して喋ったっけ?
俺がそう思うと同時、ドクン、と夜剣が一たび脈打った。
再び黒い帯と化したディアナが、今度は俺の全身を包み込んだ。いくつものリボンが巻き付くかのように、頭から指の先まで隙間なく夜色の粒子に満たされる。
そうして、時間にして何秒も経たないうちに、ディアナの第二の変身が完了した。
第一の変身で見せた魔剣は俺の右手には無く、剣と同じ色のパワードスーツとも言える外観の鎧が俺の身体を覆っていた。
元がディアナであるためか、重さを全く感じない。全体的に、人が本来行う自然な動きを妨げない構造をしているようで、普段の生活時と変わらなく動けるようだ。
デザインもその点を気にしてか、華美な装飾の無いスマートな見た目をしている。フルプレートアーマーのような重厚感も無く、全身の動きをサポートすることを重点とした印象を受ける。
視界はクリアだが、どうやら顔の部分も何かに覆われているようだ。
鏡がないから確認のしようがないけど。
唯一完全な飾りだと思われたのは、首に纏われた、あたかもロングマフラーかと思える襟巻き部分のみだ。
同じ長さのマフラーだったら、端の部分が地面に触れていそうなほど長いが、風も無いのに空中ではためいている。
『魔装形態、月神舞踏への変換を完了しました』
首長竜の姿を視界に写す。先ほどの波動による痛みも落ち着いたのか、こちらを敵対心溢れる目つきで睨んでいた。一方で、周囲からの魔素の吸い上げも同時に行っている。
ディアナの落ち着き払った声音が聞こえる。
『それでは、参りましょう。マスター』
「――おう」
この変身に対する説明も無い、たったそれだけの言葉に二つ返事で応じ、俺は首長竜めがけて走った。
竜の水柱を直撃した痛みはまるで感じなかった。この鎧のおかげに違いない。
むしろかつて無いほど体が軽い……!
勢いに任せて速度を上げ、そのまま崩壊した壁の穴を飛び出した。縁の部分を右足で蹴って思い切り跳躍し、幅跳びなんてレベルじゃないほどの距離を一気に突き抜ける。
ここが三階だってことを忘れたんじゃないぜ?
ディアナは何一つ言っていないが、今なら俺にも分かる。
この姿なら、火口湖の中心にいる首長竜までたやすくたどり着けるってな!
跳躍の勢いが削がれ、重力に従って体が地面に引かれ始める。
その瞬間、俺は左足を思い切り『空中で踏みしめた』。




