金・二・奏⑤
俯いていた顔を上げる。舞台正面の、唯一の客席を見る。
そこには。
「アイリス。アンコール、だぞ」
空虚ではない、数日前までと同じ、無鉄砲で頑固な意志を宿した瞳でアタシを見据える、ユーハの姿があった。
座っていた椅子からよろよろと立ち上がり、その場で柏手を打ちながら、アンコールを促してくる。
「ユー、ハ……アンタ……」
「ほら、しっかりしろよ。アンコール、いけるだろ?」
そう言い、挑戦的な視線を向けてくる。ついさっきまで植物状態だった人間とはとても思えない口ぶりで。
アンタね……アタシがどんだけ……!
そう言い返したいのはやまやまだったけれど……今は後回し!
そうよ。アタシはアイドル。
このエーテルリンクにおける、至上にして唯一の、ね!
そんなアタシが、ファンからの声援に応えないなんて、ありえない!
ゴシゴシと両目を拭い、勢いよく立ち上がる。流れ落ちた涙を、腫れた目元を感じさせないように、今日一番の笑顔で、アンコールを求めるユーハに向き直る。
「――アンコール、ありがとうっ☆ まだまだ、楽しんでいってね!」
「おおおぉぉっ!!!」
……そこは、ただの城の中庭に過ぎなかった。
同じような庭がいくつもある中の一つで、誰もがそう認識していた。
だけど、今このときだけは。
アタシというアイドルがいて、ユーハというファンがいて。
粗末な舞台でも、たった一人だけの観客でも。
今このときだけ、その中庭は、最高のライブ会場だったんだ。
「お疲れ、アイリス! すっごい良かったぞ!」
アンコールに『渚の魔法少女』と『スターエイル』を再び一度ずつ歌い終え、今度こそライブを終演させたアタシに、ユーハが拍手と労いの言葉をかけてくる。
「あ、うん、ありがと……じゃないわよ! アンタね、起きてるならさっさと言いなさいよ!」
そしたら、泣いたりしなくて済んだのに! そのことは言わないけど!
舞台を降りたアタシが睨みつけると、ユーハは、「悪い悪い」と眉を下げて頭を掻いた。
……ん、まあ、本気で言ってるわけじゃないわよ。ユーハの意識が本当に無かったのは、ここ数日話しかけたのにずっと無反応だったのを見てる、アタシだって分かってるしね。
「いや本当助かったよ。アイリスの声が聞こえるまでは、自分がどういう状態なのかもよく分かってなくてさ。意識の深層みたいなとこで、アイリスの声を頼りにして、どうにかなった感じだったんだよなー」
「…………」
その口調は、三人でいたときのものと同じだ。
ユーハと、ディアナと、アタシの三人でいたときのものと、同じ。
張り詰めていた緊張感が、急速に緩んでいくのを感じる。
「……アイリス?」
「心配、かけてんじゃないわよ、バカ……っ!」
「いで」
再び堰を切ったみたいに溢れ出してきた涙を見せないように、アタシは地面を睨みつけながら、ユーハの胸に額をぶつけた。
「ごめん。でも、ありがとな、アイリス」
「……ん」




