金・一・迷②
アタシの胸の中も、今日の曇り空みたいにモヤモヤしている……けれど、じっとしていても仕方がない。
寝間着として与えられていた簡素な白い一枚着から、普段着である夕陽色のワンピースと黒のローブに着替えると、アタシは客間を出ようと扉に手をかけた。
その背中を、グゥイさんの平静な声が呼び止める。
「どちらへ?」
「……ユーハのとこ」
「アイリス様。ユーハ様は、今も我が国の宮廷魔術師が交代で診ています。彼のことはこちらに任せて、貴女様はもう少しお身体を休ませるべきです」
疲れがお顔に出ていますよ、とグゥイさんに言われて初めて、客間に据えられている壁かけ鏡を見る。
鏡の中には、半目に濃いクマの出来た、髪がぼさぼさの少女が映っている。
……ひっどいカオ。
そういえば、着替えただけで身だしなみも整えてなかったっけ。髪も結ってないし、顔も洗ってないし。
こんな形で、エーテルリンクの至上で唯一のアイドルなんて言えないわね。
……また、ユーハとディアナにツッコまれちゃう。
気付くと、グゥイさんが高級そうな櫛を手に携えていた。
「宜しければ、御髪を整えさせて頂いても?」
「……お願いします」
「はい。それでは、こちらに」
鏡の前に置かれた丸椅子に腰かけると、グゥイさんの細い指がアタシの髪を掬い上げて、櫛を通し始めた。静かな室内に、櫛が通る小さな音だけが広がる。
……目を伏せ、優しく髪を梳いてくれるグゥイさんを鏡越しに見ていると、胸に渦巻いていた黒いモヤモヤが、少しだけ晴れたような気がする。
そしてそれと同時に、胸の奥に秘めていた一つの疑問が浮かび上がってきた。
「ね、グゥイさん……」
「何か?」
「グゥイさんも、トレイユの響心魔装って、ほんと?」
アタシが零した言葉を聞いた瞬間、ピタリとグゥイさんの手が止まった。
……その事実は、ガランゾを出国したときにユーハから教えてもらっていた。ユーハはいつの間に話をしたのか、フレア様から聞いたって言ってたっけ。そういえば、なんでかあのときユーハに謝られたんだけど、結局理由聞けてないわね。
グゥイさんの、眼鏡の奥の金の瞳がほんの少しだけ陰を帯びて、けれどまたすぐに、何事も無かったかのように櫛が動き始める。
「……ええ、そうです。私も元は、トレイユの魔導工房で生産された響心魔装の一つでした。そして……ディアナと同じ運命を辿った、先達でもあります」




