金・一・迷①
「お目覚めでしたか、アイリス様」
「…………」
ベッドの上で身を起こし、ぼんやりと窓の外を見ていたアタシに、聞き覚えのある平坦な声がかけられた。振り向くとちょうど、客室に入ってきたグゥイさんが扉を閉めたところだった。
「先ほどお休みになってから、まだ四時間ほどしか経っておりませんよ。もう少し横になられては?」
「……ううん。ありがと、グゥイさん」
こちらを気遣った声音にディアナの姿を重ねたアタシは、それを悟られまいと首を横に振る。
あの後……ディアナがサンファと一緒に姿を消してから、三日が過ぎた。
あの場でフレア様は、放心したままへたり込んでいたアタシの襟首を引っ掴み、右肩にユーハを抱えると、すぐさまガランゾに帰国した。紅蓮の炎を纏わせた足の速さといったら、月神舞踏状態のユーハも追い付けなさそうなくらいの猛烈な速度だった。
今考えてみれば、あのときエーテルエンドにいたのも、転移魔法とかじゃなくて、ああして走ってきていたのかもしれない……ガランゾの王城に戻るや否や、アタシとユーハをグゥイさんに預けてどこかに行ってしまったけれど。
「ユーハの様子は?」
アタシのかすれ声に、グゥイさんもまた、眉尻を下げて首を横に振る。
ユーハは、生きていた。
胸を刺し貫かれながらも、かろうじて一命をとりとめていた。
けれど、それはあくまで『死んでない』というだけの状態だった。
身体は冷たくなり、最低限の呼吸しかしておらず、薄ぼんやりと開いた目に意思のようなものは見当たらない。食事はおろか動くことも出来ないみたいで、ベッドの上で横になり、沈黙したままだ。
こうした状態のヒトのことを、チキュウでは『植物状態』と言うらしいけど、まさしくそんな状態だった。
……原因は決まってる。サンファの何らかの命令で、ディアナがユーハの心素を根こそぎ奪ったから。
ディアナが貫いた胸の孔は、ガランゾの宮廷魔術師の方々に治癒魔法を施してもらったおかげで塞ぐことが出来たけれど……きっと、奪われたユーハの心素は、心に空いた穴は埋まってない。




