金・一・抗⑦
フレア様はあくまでサンファの言葉には無視を貫き、それでいながら警戒を緩めたりはせず、屹然と槍の切っ先を向ける。
「お喋りなんぞしている余裕があるのか? いくら貴様でも、その魔装だけで私を退けられると思うほど間抜けじゃないだろう」
アタシも両手で握り拳を作って凄んだ……なんだっけ、竜の威光を笠に着る小鬼?
子供の頃に聞いた教訓みたいであまり印象良くないけど、ディアナを抑えて、フレア様とサンファの一騎打ちに持ち込ませるお手伝いなら出来るもの。
一対一なら、ううん、たとえそこにディアナが絡んだって、戦闘になったらフレア様の方が有利。
それはアタシにだって分かる。
圧倒的不利なはずのサンファは、だというのに、さっきまでの軽薄な笑顔に戻った。目論見が外れて面白くなさそうだった表情から一転して、余裕しゃくしゃく、飄々とした掴みどころのない表情だ。
「ええ、その通りですね。ここはお暇させて頂きましょうか」
「……逃げられると思っているのか?」
フレア様が向ける槍がさらに強大な炎熱を帯びる。サンファやディアナが少しでも不審な動きを見せれば、即座に槍から炎が迸るだろうと、一目で分かった。
サンファは胡散臭い笑顔のまま目を薄く開くと、右腕を持ち上げて、手の甲をアタシたちの方に見せた。
「いいえ。『もう逃げて』いますよ」
「っ!? フレア様っ!」
その中指に光る指輪を見たアタシが叫ぶ。フレア様が、弾かれたように猛烈な勢いで床を蹴った。
サンファが左手でディアナを引っぱり寄せる一方で、右手の指輪……魔晶四つ分の魔素を内蔵する指輪が、その常識外れの魔素量で、瞬時に魔法を解放する。
転移魔法。
間に合わないと見たのか、飛び迫るフレア様が、槍の先端から豪炎の槍を放った。
けれど、炎の槍が衝突するよりも早く、サンファとディアナの身体が光に包まれる。
「ではフレア様。これにて失礼――」
平静そのものの声音をかき消すように、石造りの床を破砕する轟音が鳴り響いた。
だけど、炎の槍が本来狙っていた、胡散臭い魔術師の姿は、もうそこには無かった。
「……くそっ。逃がしたか」
「そんな……!」
フレア様が、つい数秒前までサンファが立っていた床を突き刺して、忌々しそうに顔を歪める。
アタシは茫然とその様子を眺めていた。
ディアナが光に消えた空間を見つめていた視線が、宛所なくさまよい、一人の少年の元で止まる。
「……ユーハ」
引きずるように足を動かして、その少年に近寄る。名前を呼ぶけれど、やっぱり応答は無い。
倒れた瞬間からピクリとも動かない少年の隣で、へたり込んでしまった。
「アタシ、どうしたら……」
……頬を伝う涙と一緒に漏れ出したその言葉にも、答えは無かった。




