島の端っこって何か隠されてそう⑧
が、それを魔術師は見逃さない。
「おっと! 邪魔はしないでおくれよ」
「いっ、あ!?」
サンファが、木の枝が複雑にねじ曲がったような風体の杖を振るうと、アイリスがその場に倒れ伏す。麻痺の魔法か何かなのか、その場で起き上がることも出来ずに身を震わせている。
その様子を俺は、徐々に薄れゆく意識の中、ただぼんやりと眺めていた。
ディアナを引き離そうとも、アイリスを止めようともせず、サンファに殴りかかることもしないまま、焦点の合わない虚ろな視線を漂わせる。
……ディアナが俺から心素を奪い続けるにつれ、思考が薄い膜に包まれるような、自意識が曖昧になる感覚が強まっていく。
今いるこの場所はどこだったか。
俺は何をするためにここに来たのだったか。
どうして俺は刺されているのか。
向こうで笑みを浮かべている奴は誰だったか。
俺は何のために、生きているのだったか――
いくつもの疑問が光る泡のような姿で浮かんでは消え、遡る記憶が、遠い思考の彼方へ消えていく。
消えゆく記憶が最後の一つになったとき、俺は何も考えずにその光へ向けて手を伸ばしていた。
その記憶が、それまでに消え去った数多の記憶たちに比べ、一際強い光を放っていたせいか。
光の泡の中、その輝きに負けない程に煌めく笑顔を見せる少女は、果たして誰だったか。
あと少しで手が届く……あと、ほんのちょっとで。
虚空へと伸ばす右手を、もう少しだけ前へと進めようとした時、俺の背から、音も無く夜色の短剣が引き抜かれた。
最後の支えを失い、既に四肢に込める力さえ残されていなかった身体が、重力に従ってゆっくりと傾いていく。
光が遠ざかる。
最後の記憶が、消えていく。
仰向けに倒れ込んだ俺の目に最後に映ったのは、こちらを無機質な視線で見下ろす、白銀の髪を持つ少女の双眸だった。
……この少女は誰だったか、思い出せない。覚えていない。
なのにどうして、こうも胸が満たされるような気持ちになるのか。
僅か一瞬、懐かしさにも似た感情が生まれるも、それも途端に薄まって、胸の孔から零れ落ちていく。
そのとき、こちらを見下ろす少女の右目から、彼女の紅の瞳をそのまま写したような真紅の涙が一滴だけ溢れた。涙は、無音のまま俺の右頬に振り落ち、流れ落ちて紅の線を引く。
少女は滴った涙を振り払うように顔を上げると、笑みを湛える男の方へと歩き出した。俺の視界に見えるものが、薄暗い石造りの天井だけに切り替わる。
そして、俺は何も考えられなくなった。




